ダンセイニ 妖精族のむすめ (荒俣版)
- カテゴリ:小説/詩
- 2012/08/20 09:49:13
すこし訳があって、ダンセイニの『妖精族のむすめ』(荒俣宏・ちくま文庫)を読みなおした。ちなみに、最初にこちらで読んでしまったからか、河出書房文庫の訳は、まったく受け付けない。残念だ。河出のほうには、ダンセイニの本邦初訳のものもあるというのに。なんだか同じ内容だというのに、安っぽいファンタジーを読んでいるような気がしてしまうのだ。荒俣宏の訳がいい。詩に満ちている。閑話休題。
妖精族のむすめである彼女は、魂がない。ある時、沼で踊っているときに、讃美歌をきき、魂をもちたいと願う。人間になること。ほかの妖精たちが、魂をこしらえてやる。露を含んだ蜘蛛の巣に「灰色の靄をひとかけら」、「今度はそのうえに、金色の水どりが沼をわたりあるくとき翼につけて運ぶ荒野の旋律を包み込んだ。ついでに、わが物顔の北風に急かされて葦が歌わせられた悲歌を加え)、妖精族の彼らの記憶、「水のなかからすくい上げた三つ四つばかりの星影」「恋人たちの囁き声」「数えても数えても数えたりない鳥たちの歌」などを包み込んで。
そして人間になった。人間になると、名前をつけられる。最初はメアリ・ジェイン・ラッシュ、次にマリア・ルシアーノ。
ストーリーは読んでもらいたいので、詳細ははぶくけれど、彼女は、結局、彼女はまた妖精に戻ることになる。彼女は妖精に戻るために、自分の魂を、魂を持っていない金持ちの貴婦人に差し出す(貧乏人は魂を持っているから、というのが、なぜかリアルだったりする)。
「さあ、もらってください。そうすれば美しいものをすべて愛するようになりますわ。四方に吹く風にもひとつひとつ名前をつけて呼ぶようになります。朝早いうちから声をあげる鳥の歌を知ることにもなるんです。自由を奪われたわたしには要らないものです。」
貴婦人に魂をあげた瞬間から、彼女は名前をもたなくなる。それはつけられた名前だった。彼女が候補にあげた名前は、すべて却下されたから。「藺草の歌」「恐ろしい北風」「水の中の星」…。名前と魂をもつことは、彼女にとって、自由でないということだった。そして、名前を持たなくなることによって、魂をもたなくなることによって、ほかのすべてのものたちに名前をつけて踊りはしゃぐ、妖精という存在になるのだった。
彼らは自らは名前を持たないが、ほかのすべてに名づけることよって、とりかこむ全てのものと接しているのだという、蜜月。