「契約の龍」(72)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/06 03:49:20
「ああ、そうなんですか」
クリスが溜め息をついた。
「でしたら、生まれてくるまでわかりませんね。…ギレンス伯は子供が生まれたばかりの女性を追い出しまうような方でしょうか?」
「温情にあふれた方、とは言い難いですけど、冷酷な方でもないと思いますが……外聞もありますし。…でも、今より待遇が良くなる、などということはないでしょうね」
「…先行きが案じられますね。「金瞳」が有ろうが無かろうが、公子の子供なのは確かでしょうに」
「それでも、あるとないとは大違いなんですよ、姫。大公の兄君の事はご存じでしょうか?」
「…残念ながら」
「そうでしょうね。『王室名鑑』には載っていない方だから。同じ親から生まれても、兄は「金瞳」が無いが為に一介の貴族、妹の方は大公として王位継承権を持つ。…不公平、だとは思いませんか?」
「私が決めた仕組みではないので、何とも言いかねます」
建物の外周をまわって正面玄関に到達した。
「ここからなら、客間は判るかな?」
「えーと…たぶん」
「ところで、そちらの彼は、ずっとだんまりを決め込んでいるようだけど…何か理由でも?」
理由、と言われても。
「…話す理由が無いだけです。私の役割は、クリスティーナが無茶な事をしないように見張ることですので。…ご案内、ありがとうございます」
「あんなこと言われてるけど、いいのかな、姫君は」
「無茶をやって心配をかけたのは、事実だから、仕方ありません。ご心配、ありがとうございます」
「…微笑ましいことだね。うらやましいくらいに。…ああ、明日は早朝に出るから、その心づもりで。…では、夕食のときにでも」
そう言って右手の方に立ち去る。
客間は正面の階段を上って二階にあったはずだ。
「…彼もうちの卒業生なのか?」
「どうだろうな。その可能性は高そうだが」
「…だったら、アレクの事は、知ってたりするのかな?」
「知らない事を願うよ。…ところで、シェリルさんに何かしたか?むくみを取る以外に」
「何もしてないよ。血のめぐりをよくするために、ほんのちょこっとばかり「力」を注いだだけ」
「何を企んで?」
「企んでなんかいないって。生まれる子供たちが健康で、「金瞳」に恵まれて、長生きしてくれればいいな、って願っただけ」
「ほーお?」
「…まあ、「金瞳」が誘導できる物なら、したかったけど、そこまでは、ね」
やっぱり企んでたんじゃないか。
複雑に曲がる廊下をたどって、ようやく最初に案内された客間、と思われる部屋にたどり着いた。
「…この館って……火事とかあったら、絶対に誰か逃げ遅れるよね」
部屋のドアを開けながら、クリスが改めて正直な感想を洩らす。
「…思うに、使用人通路を使って逃げるようになっているのでは?…あ、なんかいやな想像したぞ」
この館の造りなら、暗殺し放題だな、とか。
「私もだ。そんなことされる筋合いはないが」
まあ、クリスにはないだろうが。
「暗殺をたくらむ方の理屈なんか、わかったものじゃないがな。…じゃあ、俺は課題を持ってきてるんで。あまりうろうろしないようにな」
クリスを抱き寄せ、頬に軽く口づける。
「…アレク?」
クリスが何か言いたげなのを遮ってドアを閉める。
ここの連中は、クリスが「金瞳」を持っている事を知ってる。もし、ここの誰かが、クリスを手に入れたがったとしたら。直接クリスのところへ行くか、邪魔者を排除してからにするか。
…そんな事を考えないでくれると、一番助かるんだが。