「契約の龍」(75)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/10 19:10:54
「シーサーペント、マーメイド、リヴァイアサン……マーメイドの後ろの、マーマンが消してあるのは?」
「マーマンはマーメイドの男性形なんだ。ユーサーの「龍」は、女だから、マーマンではないな、と思って」
「…なるほど、道理だな。…これだけなんだ?」
「図書館の資料にあった限りでは。あとは獣系、軟体動物系…あと、なんだっけ?」
…さすがにそれでは、「龍」とは呼ばない。
「で、マーマンはマーメイドの男性形、っていうと、マーメイドは人間の女の姿をしてるんだな?…どこかが」
「あ、マーメイドは、いわゆる「人魚」だ。上半身が人、下半身が魚。…あれが魚だとしたら、ずいぶん長い魚だが…海にはいるのかな?そんな長い魚が」
「それを俺に訊かれても。魚にはあまり詳しくないんだ。明日、専門家に聞けば?」
「…そうだな。「龍」の種族が何であれ、海にいるものってわかっただけでも、ここに来た甲斐があった」
…なるほど。その発見で、上機嫌なのか。いずれにせよ、クリスの機嫌がいいのは、何かと助かる。
「…で、クリスはどれが怪しいとにらんでるんだ?やっぱり、マーメイド?」
「よくわかったな。何でだ?」
「人魚に的を絞ってなきゃ、こんな本は借りない」
テーブルの上に置いてある「人魚伝説」「人魚研究」を指さす。
「なるほど、名推理だ。…これによれば、人魚が海で遭難した人を助けた例があるとか。…ただなあ…一般的に言って、人魚は、龍族ほどには力が無い。そこがねえ…」
「ああ。なるほどね。…ところで、「龍」の種族が判ったとして……それでどうするんだ?」
既に一度ならず「龍」に接触しているのに。
「……どうするつもりだったんだっけ…?」
「クリス…」
「…思い出した。「龍」と取引する手段にするつもりだったんだ」
「…取引?どうやって?」
「…まあ、有り体にいえば、「脅し」?」
脅し、って……
「…でも、それより有効なカードが手に入ったから。「ユーサー」っていう」
「それを、どう取引に使うつもりだ?」
「んー…「それはユーサーじゃないんだから、あきらめて手放せ」かな?率直にいえば。…でも、おとなしくあきらめそうにはないよね。何とかして、納得させる材料を見つけないと」
クリスの思惑通りに、そんな材料が手に入るとは考えにくいが。
ユーサーの足跡巡りは、定石通り「生まれたとされる家」から始まった。…そういう観光コースが、あらかじめできているらしい。実際にこの建物でユーサーが育ったのかどうかは、年代が古すぎて疑問だが、まあ、念のために。
「…あぁ…「復元」って書いてあるな。場所も、どうやら実際と違うらしい。ほら」
クリスが案内板を指差して、がっかりしたように言う。実際に生まれ育った家があった場所は、なるほど現在は運河の中だ。それならばまあ、仕方がない、と思ったが…
その後案内されたどの場所も、実際に彼が残した足跡とは微妙に違う場所に事物が残されている。港の桟橋のあった場所に至るまで。まるで、意図的にユーサーの痕跡を消しているかのように。
「何者かの意図を感じるな」
「うーん。それは感じるけど、何のために?…大体昨日今日始まったものではなさそうだし」
たとえば、運河の開通は、資料によれば三百年余り前。計画自体はユーサーが存命の頃からある。
ルートの決定がいつかは判らないが、そう新しい時代のことではないだろう。
「それは認めるが…」
だから、その「何者か」はユーサーだったり、その身近な者である可能性もある。
ユーサーの絵姿さえ残っていなかった事を考えると…
「…クリスは、「相似の法則」って知ってる?」
「「相似の法則」?……聞いたことがない」
「かなり古い魔法理論で、「姿かたちの似た者は、互いに影響し合う」っていう考え方。権力者の肖像や、正確な地図がない時代は、たいていこの理論が幅を利かせている。…たぶん、ユーサーの時代もそうだったんじゃないかな。…理論、っていうより、流行かもしれない。めちゃくちゃ写実的な絵とか彫刻の上手い人が出てくると、それを叩くように復活する、みたいな」
「…へえ…そりゃ傍迷惑な流行りだねえ。…っていうか、どうして私が「ユーサーの顔が知りたい」って言いだしたときに、それ、教えてくれなかった?」
「あ、いや…最近入手した知識だから…」
…だよな?…たぶん…
「ふうん…」
クリスが不審の目でこっちを見る。自分自身でさえ疑わしいのだから、当たり前だ。