Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(76)

 昼食時、案内を買って出てくれている魔法使いに、ユーサーの時代のもので、現在も同じ場所にあるものはないのか、とクリスが問うと、心当たりはない、と魔法使いが答えた。
 「ユーサーの時代から何年経っているとお思いですか?川の流路さえ、当時と今は違うんですよ?」
 「では、最近のことならば?」とクリスが重ねて尋ねる。…最初からそこへ話を持っていくつもりだったくせに。
 「ジリアン大公が災難に遭った場所へ行きたいと思います。あなたにとってつらい場所であるのは解るけれど、ぜひ協力していただきたいことがあります」

 ジリアン大公が波に呑まれたのは、街外れの、砂嘴の先端にある灯台へ向かう途中での出来事だった、という。砂嘴、とはいえ、道が完全には途絶えないように、灯台までの道は魔法で補強したレンガ舗装の道がついていた。ただし、道は人が並んで歩けるほどには広くない。満潮の時にすれ違おうとしたら、どちらかは確実に水の中に入ることになる。当時の海の状況は、いくらか荒れてはいたが、人を呑むほどの高波が起きるような状況ではなかった、ということだ。
 「実際、思い返してみれば、波自体はさほど大きくはなかったかも…彼女…大公が何かに躓いて体勢を崩したところに波が来た、といったところでしょうか」
 不幸な偶然、というやつだろうか。
 「事故当時の、彼女とあなたの立ち位置は?」
 「えーと…列の先頭で案内していた役人が…大体今あなたのいるあたりだったから…大体このあたりだったかな。で、私と彼女の間に、四人ばかり人がいたから…彼が今いる位置から、一歩半ほど後ろ、かな」
 「…いつも、そんなに離れて?」
 「いえ…そんな事は。…案内人の方が女性だったので、先を譲ろう、と」
 「ああ、そうだったんですか。…全員が?」
 「いえ。えーと…二人ほど、…多少、年配の男性が」
 …なるほど。理由にはならない事もない、か。
 「配慮、というか、遠慮があだになってしまったわけですね」
 …容赦がないなあ。
 「…ところで、先日、「金瞳」の力が使えなくなって以来、大した魔法が使えなくなってしまった、とおっしゃいましたが、…適切な力が提供できれば、大公の捜索は可能でしょうか?」
 魔法使いは、いくらか逡巡の様子を見せて、口を開いた。
 「できる、と断言は致しかねますが……ほかの方よりは見つけやすいかと思います」
 クリスが晴れやかな笑みをうかべる。
 「そう言っていただけると、助かります。あの方を海底で魚のえさにしてしまうのは、忍びないので」
 魚のえさ、と聞いて魔法使いが鼻白む。王族であれば、そんな目には遭わない、と思っていたわけではあるまいが。
 …ところで、「適切な力」って、誰が提供するんだ?
 そう思っていると、クリスがこちらにやってくるのが見えた。魔法使いのところで立ち止まり、こちらを手招きする。
 「警戒するのは解るけど、手伝うくらいは、いいでしょ?」
 警戒している、というわけではなくて……単に、近寄るのに抵抗があるだけ、だ。
 そう主張しようとしたが、クリスの反論が想定されるので、しぶしぶ前へ出る。
 「…で、どういう協力を?」
 クリスは、俺の質問には直接答えないで、魔法使いにこう質問した。
 「あなたは「龍」から力を引き出すとき、どうしていますか?私を大公だと思って、同じようにすることは、可能ですか?」
 魔法使いは、しばらく考えていたが、ちょっと口許に手を当て、「同じようには、できません、ね」と答えた。
 「第一あなた、「龍」から力は引き出せないでしょう?」
 言いながら、目がいくらか泳いでいる。どんなやり方をしていたんだか。
 「まあ、そうですけど。でも、ここならば、力を借りることができるモノがたくさんおりますし」
 そう言って周囲に広がる海を示す。…どさくさにまぎれて、こっちを指しているような気もするが。
 「じゃあ…どうしようかな…」
 クリスがしばし思案顔になる。
 「ちょっと、手を出してみてください」
 言われたとおりに魔法使いが手を出すと、いきなりクリスがその手を掴んで、空いた方の手で魔法使いの目を覆った。
 「…その時のことを思い出してください。波はどちらから来ました?彼女はどちらへ流されました?…今、彼女の痕跡を追うことはできますか?」
 魔法使いが、ためらいがちに「探索の手」をのばすのがわかった。しばらくして、クリスが魔法使いの目を覆っていた手を外す。
 「アレク…相談なんだけど…」
 「…クリス。前から言おうと思ってたけど、すでに自分の中で決定していることを人に知らせるのは、「相談」とは言わない」
 「う…」

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