「契約の龍」(76)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/12 21:52:15
昼食時、案内を買って出てくれている魔法使いに、ユーサーの時代のもので、現在も同じ場所にあるものはないのか、とクリスが問うと、心当たりはない、と魔法使いが答えた。
「ユーサーの時代から何年経っているとお思いですか?川の流路さえ、当時と今は違うんですよ?」
「では、最近のことならば?」とクリスが重ねて尋ねる。…最初からそこへ話を持っていくつもりだったくせに。
「ジリアン大公が災難に遭った場所へ行きたいと思います。あなたにとってつらい場所であるのは解るけれど、ぜひ協力していただきたいことがあります」
ジリアン大公が波に呑まれたのは、街外れの、砂嘴の先端にある灯台へ向かう途中での出来事だった、という。砂嘴、とはいえ、道が完全には途絶えないように、灯台までの道は魔法で補強したレンガ舗装の道がついていた。ただし、道は人が並んで歩けるほどには広くない。満潮の時にすれ違おうとしたら、どちらかは確実に水の中に入ることになる。当時の海の状況は、いくらか荒れてはいたが、人を呑むほどの高波が起きるような状況ではなかった、ということだ。
「実際、思い返してみれば、波自体はさほど大きくはなかったかも…彼女…大公が何かに躓いて体勢を崩したところに波が来た、といったところでしょうか」
不幸な偶然、というやつだろうか。
「事故当時の、彼女とあなたの立ち位置は?」
「えーと…列の先頭で案内していた役人が…大体今あなたのいるあたりだったから…大体このあたりだったかな。で、私と彼女の間に、四人ばかり人がいたから…彼が今いる位置から、一歩半ほど後ろ、かな」
「…いつも、そんなに離れて?」
「いえ…そんな事は。…案内人の方が女性だったので、先を譲ろう、と」
「ああ、そうだったんですか。…全員が?」
「いえ。えーと…二人ほど、…多少、年配の男性が」
…なるほど。理由にはならない事もない、か。
「配慮、というか、遠慮があだになってしまったわけですね」
…容赦がないなあ。
「…ところで、先日、「金瞳」の力が使えなくなって以来、大した魔法が使えなくなってしまった、とおっしゃいましたが、…適切な力が提供できれば、大公の捜索は可能でしょうか?」
魔法使いは、いくらか逡巡の様子を見せて、口を開いた。
「できる、と断言は致しかねますが……ほかの方よりは見つけやすいかと思います」
クリスが晴れやかな笑みをうかべる。
「そう言っていただけると、助かります。あの方を海底で魚のえさにしてしまうのは、忍びないので」
魚のえさ、と聞いて魔法使いが鼻白む。王族であれば、そんな目には遭わない、と思っていたわけではあるまいが。
…ところで、「適切な力」って、誰が提供するんだ?
そう思っていると、クリスがこちらにやってくるのが見えた。魔法使いのところで立ち止まり、こちらを手招きする。
「警戒するのは解るけど、手伝うくらいは、いいでしょ?」
警戒している、というわけではなくて……単に、近寄るのに抵抗があるだけ、だ。
そう主張しようとしたが、クリスの反論が想定されるので、しぶしぶ前へ出る。
「…で、どういう協力を?」
クリスは、俺の質問には直接答えないで、魔法使いにこう質問した。
「あなたは「龍」から力を引き出すとき、どうしていますか?私を大公だと思って、同じようにすることは、可能ですか?」
魔法使いは、しばらく考えていたが、ちょっと口許に手を当て、「同じようには、できません、ね」と答えた。
「第一あなた、「龍」から力は引き出せないでしょう?」
言いながら、目がいくらか泳いでいる。どんなやり方をしていたんだか。
「まあ、そうですけど。でも、ここならば、力を借りることができるモノがたくさんおりますし」
そう言って周囲に広がる海を示す。…どさくさにまぎれて、こっちを指しているような気もするが。
「じゃあ…どうしようかな…」
クリスがしばし思案顔になる。
「ちょっと、手を出してみてください」
言われたとおりに魔法使いが手を出すと、いきなりクリスがその手を掴んで、空いた方の手で魔法使いの目を覆った。
「…その時のことを思い出してください。波はどちらから来ました?彼女はどちらへ流されました?…今、彼女の痕跡を追うことはできますか?」
魔法使いが、ためらいがちに「探索の手」をのばすのがわかった。しばらくして、クリスが魔法使いの目を覆っていた手を外す。
「アレク…相談なんだけど…」
「…クリス。前から言おうと思ってたけど、すでに自分の中で決定していることを人に知らせるのは、「相談」とは言わない」
「う…」