「契約の龍」(78)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/17 07:57:28
灯台の点火の仕組みは、魔法によるものだが、明り自体は魚油を燃やしたものだという事が判った。なぜそれが判ったかといえば、暗くなる時刻まで灯台にいる羽目になったからだ。
灯台の一階には、メンテナンスをする者が帰れなくなってしまった時の備えのためか、小規模な暖炉、数枚の毛布、非常食料、応急手当セット、などが一通りそろっていた。本格的に寒くなってきているわけではないので、暖炉は使わず、毛布だけを拝借して、体に巻きつけている。
「…思ったより、時間がかかるな。何してるんだろう」
クリスが、横に寝かせた魔法使いの腕を掴んだ手の指を、一本ずつ曲げ伸ばししながらそう言った。
「まさか、移動したせいで戻れなくなってる、なんてことはない…よね?」
「さあ……そういう注意を受けたことはないが…「手」は本来の自分の体の延長だから、戻すときは、体に戻ってくるはずだ。たとえ、意識がそちらに集中していたとしても」
「…だよねえ…」
クリスが頭を倒して、俺の方に凭せ掛けてくる。
「ちょっと、探しに行こうかと思うんだけど…ダメ?」
「この状況で、何か起こったら、二人分の体の面倒は見切れないぞ?火事とか、地震とか」
「逃げるのは無理でも、保護するくらいはできるでしょ?アレクなら」
「…で、あとから瓦礫の山の中から掘り出すわけか?俺が」
「そこまでの世話はかけられないから、這い出てくるくらいは、自分でやるよ」
くすくす笑いながらクリスが言う。…なんだか楽しそうに。
「……それに、この状態で体を留守にしたら、何されても文句言えないと思うが?」
冗談めかしてそういうと、クリスがこちらを見返し、当たり前のような口調で切り返してきた。
「アレクは、私の予約物件だから、苦情申し立てはしない。…アレクが言うのが、そういう意味なら」
…もちろん、そういう意味、も含めて言ったんだが。実行するかしないかは、別として。
実にあっさりと受け流されてしまったが。
それにしても…
「予約物件、て……」
人のことを不動産みたいに。
「予約、はともかく、物件、っていうのはやめてほしいな」
「……解った。アレクの前では、なるべく口に出さないようにする。…でも、私が思っている内容は、変わらないけど?」
こちらを見上げる顔が、キスをねだる時のように、軽く目を閉じて突き出される。それに応じようと顔を寄せていくと…
クリスの肩越しに、魔法使いが身じろぎするのが見えた。むろん、クリスも、それに気づいた。
「…悪意があるとしか思えないタイミングだ。再就職の口添えを頼まれても、絶対断ってやる」
不満げにそう唸るクリスの頬に、軽く口づける。
「クリスには、そんな権限、ないだろうに」
「それはそうだけど……なんか報復してやりたい」
「それは後でいいから。ほら、状況説明」
渋るクリスを引っ張って、ぼんやりとあたりを見回す魔法使いのほうに向きなおる。
「灯台の中に移動したんです。ちょっと時間がかかりそうでしたので」
大したもので、さっきまでの膨れた顔は、かけらも見せずに――微妙な表情が見分けられるほどの明るさはないが――クリスがそう話しかけた。
「詳しい事をお伺いしたいですが、それは、後で。とにかく宿に戻りましょう。…体は、起こせますか?」
魔法使いが上半身をよじって体を起こそうとするのが見える。寒さのせいか、力が入らないようだ。見かねてクリスが背中を支えてやる。
「少し、部屋を暖めておいた方が良かったでしょうか?」
「いえ…大丈夫です。ここの暖炉は、あまり効率が良くないので…」
よいしょ、と掛け声をあげて、魔法使いがゆっくりと立ち上がる。
そのあいだに、使った毛布をまとめて、元あったところに戻す。
灯台の外へ出てみると、都合のいいことに、引き潮の頃合いになっているようだった。その上、灯台の明かりのおかげで、足元はどうにか見える。水の中に足を突っ込む心配だけはせずに済む。
途中から読みだしました。
コメントはもう少し読んでからにしますね。
まぶこさんも頑張って下さい。