Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(80)

 呼ばれてやって来た店主は、魔法使いの事を知っている様子だった。まあ、ありそうな事ではある。
 「持病の…発作が起きた時に使う薬を、どうやら持ってくるのを忘れてしまったようなんです。この近くにお医者様か薬師さまがいらしたら、薬を分けていただきたいと思って」
 と、相変わらずの婉曲表現でクリスが事情を説明する。クリスの物言いを聞いて、魔法使いがちょっと驚いたような表情になる。
 首尾よく医者の居所を聞き出したクリスに「どうしてあんな嘘を?」と魔法使いがストレートに訊ねる。
 「あら。嘘ではありませんわ。体質は持病のうちですし、蕁麻疹は蟹を食べた時に起きる発作ですもの」
 「この人は、よく知らない人には情報をストレートに出さない、という習慣があるらしくて。…用心深いにもほどがある」
 「……まあ、悪い習慣では、ないかもしれませんね。この方のような立場では」
 「それに、「私、蟹が食べられないんです、体質的に」などと正直に言ったら、喧嘩を売っているように受け取られかねないでしょう?この状況では」
 目に見える範囲の、ふさがっているテーブルの半分近くは、蟹と格闘中だ。
 「…それは、確かに」
 「まあ、お医者様には正直に言わないとお薬がいただけませんから、ちゃんと言いますけどね。…ただ、「忘れてた」って告白するのは…ちょっと気まずいかも」
 「じゃあ、早めに食事を切り上げて、医者の所へ寄ってから、宿へ戻る、だな…無意識に膝の裏を掻いているようだから」
 「…え?そんなこと…」
 言ってるそばから左手がテーブルの下で動いている。
 「…してる、ね…」
 クリスが恥ずかしげに手をテーブルの上に戻す。
 「そういうわけですので、なるべく早く、それを片づけていただきたいのですが」
 魔法使いの前に置かれている手つかずの椀を指して、そうお願いする。
 「ああ、そうだね。確かに、症状が出始めたなら、急いだ方がいいね」
 そう言うと、いきなり目の前にある椀に添えられてきた副菜を放り込み、ざっとかき混ぜた後、まだ湯気の出ている粥を、一気に飲み干した。…いや、正しい動作表現としては、「掻っ込んだ」なのだろうが、「飲み干す」の方がふさわしいような速さなので。いずれにせよ、あまりお上品な食べ方ではない。少なくとも、現在彼が身につけているような、多少改まった服装でやるには、いささか粗野な振る舞いだ。…このような場所で行儀を云々しても仕方ない、とは思うが。
 「……熱く、ないんですか?」
 呆然とした様子でクリスが訊ねる。…確かにそこも突っ込んでおくべきところだ。
 「それほどは。…昼間来ると、だいたい周り中がこうしてるし」
 「あ、そう、なんですか」
 聞いたクリスが真似しようとする。
 「クリスは、もうやめといた方がいい。症状が悪化するだろうが」
 「…そっか…そうだね。残念」
 「第一、それ、蟹の身だろうが。わざわざ除けたやつを追加してどうする」
 テーブルの上の副菜の中から、蟹と海老の入っていないのを選んで、クリスのほうに押しやる。
 「空腹でもちそうもないなら、それで我慢して。宿に戻ったら、ちゃんとした食事を摂ればいい」
 クリスがうなりながら副菜をつつくのを横目に、自分の分を片づける。魔法使いがにやにやしながらおかわりしたカップの中身をすすっている。
 「…何か?」
 「…いや?なんでもないよ?気にせずに食事を続けて」
 魔法使いが給仕を呼び、勘定の支払いをする。
 「こちらのお嬢さんが、ちょっと体調が悪いみたいで…ほとんど手つかずなんだが、気を悪くしないでいただくとありがたい」
 「さっきお医者の居場所を訊ねていましたからね。お察しします。何なら車でも呼びましょうか?」
 「いや、それには及ばない。ありがとう」

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