★　ボイラーメーカー　★


やぁお客さん、今日もまた寒いですね。
そろそろクリスマスだ師走だと慌ただしい時期ですが、どんな按配で？
そんなことより酒だって？
はいはい、ひとつ温かいのでも淹れましょうか。
え？　とにかく強い酒だって？　今日はまたえらく物騒ですねぇ。
ちょっと待っておくんなさい……
えぇワケなんか聞きゃしませんよ。そりゃ呑みたい時もありますからね。
これから正月だってぇのに、戦争やってる国もあるし、景気は悪くなる一方だし、わたしも彼女ができないし。
おっと最後のは関係ないですね。
はいはい、今お出ししますから、
なぁに夜は長いんです。
呑むと決めたら焦らないで、出てくる酒を待つ時間も楽しまなきゃ。

一言で強い酒っていっても、いろいろありますけどね。
ロンリコにアブサン、そうそう、アブサンったら太宰治の小説に出てくるアレですよ。
「呑み残した一杯のアブサン」ってね。
スピリタスなんてアルコール度９６％ですよ。

でもちょいと待ってくださいね。
単に強い酒を呑るんじゃなくて、今日は呑り方に拘ってみましょうや。
バーボンなんですがね、こいつ呑る時はイイやつなんか使っちゃダメだ。
ま、最近はいいバーボンでもずいぶん安くなっちまいましたが。

「ＪＩＭ　ＢＥＡＭ」

ま、こいつでいきましょう。これをストレートのグラスに注いで……
え？　そんなありきたりの酒？
ちっちっ、お客さん、これからですよ、これから。

「バドワイザー」

こいつをね、チェイサーにするんですよ。
チェイサーったらチェイサーですよ。
ストレートの酒の後に口直しで呑む水ですよ。
その水の代わりにバドワイザー。

ハイネッケンがいいって言う人もいれば、ギネスがいいって人もいますけど、まぁ最初はこんなもんでしょう。
意外とこの呑り方のファンは多くてね。
ボイラー・メイカーって呼ばれるカクテルの一種ですね。

本来はタンブラーにバーボンを注いでビールで割るんですがね、
ちょっとしたホテルなんかじゃこうやってチェイサーのグラスに別に分けて出したりするんです。
ロバート・レッドフォード監督の「リバー・ランズ・スルー・イット」て映画で、
主人公の兄さんがこの呑み方をやってて、ちょっと有名になったカクテルですかね。
まぁよかったら映画の方も観てくださいよ。

……目が回りそうだ？

そりゃそんなに一気にあおっちゃ目も回りますって。
何かつまむもんでも出しましょうかね？

クラッカーにチーズでも挟みましょうか？
カマンベールをね、薄くスライスして塩気の少ないクラッカーでぎゅっと挟んで、
ぺしゃんこに潰して食べるんです。
あんまり上品じゃないけど、これもなかなかオツなもんで。



ふんふん？
クリスマス前なのに？　そりゃぁまた大変でしたねぇ。
え？　レストラン予約しちゃってたの？
もうキャンセルしちゃいなさいよ。
あんまりぎりぎりになってくるとキャンセル料だってかかるんじゃないの？

はい？　キャンセルした後で彼女とヨリが戻ったらどうするんだって？
そりゃぁ決まってますよ。
うちで彼女と、仲直りの一杯ですよ。
ちょっと気の利いたシャンペン開けて、クレソンの生ハム巻き、
チーズとキャビアでカナッペ。
ＢＧМにジャズのナンバーご用意してお待ちしてますよ。

はい？　……商売上手ですかね？
やだなぁ、そんなつもりじゃありませんって。
さ、もう一杯ジム・ビーム入れましょうかね。
何なら今、酔った勢いで『ごめん』の電話でも入れてごらんなさいよ。
あぁ、はぁ、喧嘩の原因がそもそも呑んだ勢いですか……
こりゃまた失礼。

それでは今日はこの辺で……