Nicotto Town



太陽神 (前編)


メシトリ(メヒクトリ) ・・・アステカの守護神ウィチロポチトリの別名、太陽神、軍神、狩猟神
               (神に選ばれしもの)と言う意味を持つ。
               メキシコの国名は(メヒクトリがいる地)という言葉に由来する。

・・・

          (太陽神)

 アルベルトが6歳の時、4歳の妹ロレーナが高熱を出しその日の真夜中に
息を引き取った。

メキシコでは、貧しくても、(大衆健康保険)に入っていれば、公立病院で
無料で診察が受けられる事になっているが、予算不足で設備が十分で
なく、すぐには診察が受けられない。

民間の病院は高額で、一部の高額所得者や、外国人しか診察を受ける事が
出来なかった。

ロザリオ(連珠の付いた十字架)を握り締めて、熱にうなされているロレーナを
町に働きに出ている母に代わって、2歳年上の兄リカルドとともに看病していた
アルベルトは、自分が苦しんでいる妹に何もしてやれない事が辛かった・・・

結局、ロレーナは最後は眠る様な健やかな顔で天国に召された。

この悲しい出来事の事を、アルベルトはずっと忘れる事が出来なかった。

・・・

小学生の頃、アルベルトは勉強はクラスの誰よりもよく出来たが、
痩せた体つきで、女の子と間違えられる様な顔つきだったので
クラスの男子生徒は、ニーニャ(女の子)と言ってからかった。

そんな時、大人しいアルベルトは気弱な笑顔を浮かべたまま
ただ黙っていた。

何人かの男子生徒から、いじめられる事もあったが、その度に兄のリカルドや
他の近所の友達に助けられた。

「ベト(アルベルトの愛称)、何でやり返さないんだ?」

兄のリカルドが言った。

「人を殴ったりするのは、好きじゃないんだ。 ・・・他人に暴力を振るうのは
良くない事だよ。」

アルベルトが静かな笑顔を浮かべて答えた。

・・・

「よう、色男さんよ。その綺麗なツラが見られねえ様な形に変わっちまっても
俺を恨むんじゃねえぜ。」

口髭を蓄え、いかにも腕っ節が強そうな二の腕の太い男がアルベルトを
ニラミすえながら言った。

しかしこの時は、アルベルトは気弱な笑いを浮かべていなかった。

ただ、黙って相手に視線を合わせていた。

アメリカ、ロサンゼルスで行われた、WBC世界フェザー級タイトルマッチ
(ダイナマイト)の異名を持つ強打のチャンピオン、ロジャー・ホプキンス(米国)が
21歳のメキシコの新鋭、同級4位、アルベルト・ペレスを挑戦者に迎えての
6度目の防衛戦、試合前の賭け率オッズは3・5 対1で、目下3連続KO防衛中の
チャンピオンがさらに記録を伸ばすだろうと言うのが大方の予想だった。

「・・・GOOD LUCK!」

試合前のレフェリーの注意が終わった後、両者は赤と青のコーナーに別れた。

セコンドがロープを潜ってリングの外に出て行く。

第1ラウンドのゴングが鳴った。

・・・

第6ラウンドに入ると、チャンピオンの両目の腫れがかなり目立つ様になって来た。

執拗に繰り出される挑戦者の左のリードパンチが邪魔をして、中々相手の懐に
入り込めない。

ロングレンジ(長い距離)ではリーチに勝るアルベルトが圧倒的に優位だった。

ジャブとストレートで、チャンピオンを自分の距離に釘付けにし、タイミングを見て
自分から踏み込んで左右のコンビネーションを上下に打ち分けた。

業を煮やしたチャンピオンが中途半端な距離から、力まかせのロングフックを
スィングするが空しく空を切る。

「大きいのを狙うな!」「距離を詰めてショート連打だ!」

赤コーナーから声が飛ぶ。

チャンピオンが低い体勢から突進を試みるがアルベルトのワン・ツーに阻まれた。

それでも強引に踏み込んでロープに追い詰めようとすると足を使われた。

ラウンド終盤にアルベルトの右ストレートでチャンピオンの左まぶたがカットすると
追撃と手数が鈍りはじめた。

第6ラウンド終了のゴングが鳴った。

赤コーナーでは、止血の準備をした、トレーナーのルイスがリングに飛び込んで
チャンピオン、ホプキンスを待ち構えた。

(それ程、長くも無いし深くも無い、取りあえずは血は止まる。・・・問題は腫れが
かなりひどくなって来た事だ。 左はもうほとんど塞がってる。・・・このままだと右が
塞がるのも時間の問題だろう。)

タオル(ストップ)を考えた方がいいのかも知れない・・・と、止血を続けながら
ルイスは思った。

(まさか、あの女の様な顔をした、痩せっぽちのメキシカンがこれほどやるとは・・・)

ホプキングのダメージの深さを見て、マネージャーのケビン・スミスは歯噛みした。

第7ラウンドのゴングが鳴った。

ゴングと同時に、もう後が無いと見たチャンピオン・ホプキンスが全力で
アルベルトに向かって突進して行った。

そして、体で押し込む様にして、アルベルトをロープに詰めると、がっちりと固めた
ガードもお構いなしに、これまでKOの山を築き上げて来た左右の(ダイナマイトパンチ)
をがむしゃらに叩き込んで行った。

しかし、アルベルトが連打のタイミングに合わせて左ショートアッパーを突き上げ
続け様にストレートをヒットさせるとチャンピオンは大きくのけ反って後退し、
攻守が入れ替わった。

コーナーに追い詰められたチャンピオンの顎をアルベルトの右ストレートが打ち抜いて
チャンピオンが腰を落としかけ、ガードが下がった所で赤コーナーからタオルが投げ入れ
られた。

既にストップのタイミングを見計らっていた、レフェリーがすぐに両者の間に
割って入り、両手を交差させた。

新チャンピオン誕生の瞬間だった。

・・・

その後、アルベルトは初防衛戦でウーゴ・ゴンザレス(ベネズエラ)を大差判定
で下し、ペドロ・エスピノサ(フィリピン)を4R・KOで破って2度目の防衛に
成功した。

そして、3度目の防衛戦の日程と対戦相手が正式に決まった。

場所は、アメリカ、ラスベガスのMGMグランド・ガーデンアリーナ

対戦相手は同級1位 フェルナンド・オリバレス(プエルトリコ)

戦績 33戦32勝(32KO)無敗1分、デビュー戦のドロー以外は
全てノックアウト勝ち、前WBCスーパーバンタム級チャンピオンで
連続KO防衛の世界記録を17に伸ばした後、タイトルを返上
2階級制覇を狙って階級を上げて来た。

(軽量級史上最強のハードパンチャー)と評価され、現在のパウンド・フォー・パウンド
(全階級中)でナンバー1に挙げられているボクサーの一人だ。

アルベルトにとって、文句無しにこれまでで最強の対戦相手だった
       
               (後半に続く)

アバター
2013/03/01 20:38
なんと@@
アルベルトがプロボクサーになっていたとは。

ニーニャとからかわれる位、やさしく気弱な少年の成長過程に
どんな変化があったのか気になるところです。

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2013/02/27 20:47
ボクシングの場面が見えます~^^
さすがに描写がお上手ですね!
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2013/02/27 07:40
ボクシングですか! 強いですねぇアルベルト。
でも、なにが彼をボクシングに向かわせたんだろう?
人を殴るのは好きじゃなかったはずなのに?
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2013/02/26 23:14
物静かな少年の、熱い魂が燃える舞台ですね
きっと妹さんのロザリオに守られているのでしょう^^
アバター
2013/02/26 22:55
太陽のごとくハングリーで熱いお話ですね



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