★　春は酒と野の肴　★


やぁお客さんこんばんわ。
暦の上では春だってのに、寒い日が続きますねぇ
でももう三月。そのうち一斉に桜が咲き始めて、入学式だの卒業式だの新入社員だの、若いエネルギーで街も活気づくんでしょうねぇ。
え？　言ってること、年寄くさいですか？
はは、まぁいいじゃないですか。

さて、今夜は何でいきましょう。　いつもと同じジンでも？
春ですか？
うーん、春の匂いのする酒ですかぁ……
じゃあこんなモンでいかがでしょう。

『ズブロッカ』

ポーランドのウォッカなんですけどね。
ウォッカって言うとキツそうに聞こえますが、こいつはアルコールも四十度とウィスキー並みで呑みやすい、柔らかいヤツですよ。
中に入っている一本の草が、『ズブラ』っていう牛の餌になる草でしてね、『ズブロッカ草』って言うんですよ。
ほら、このラベルの牛がそいつ、ズブラです。
まぁ鼻をあててみてください。ふんわりとヨモギの香がしてきませんか？

さて、呑り方は……ストレートを冷凍庫でキーンと冷やしたショットグラスで香を楽しみながらってのが一番なんですけどね。
きついようなら氷でも入れましょうか？
大丈夫そうですか？　そりゃ良かった。
どうです？　呑けるでしょう。
お客さん、ジンがお好きですからこういうのも結構呑けるんじゃないかなと思ったんですよ。
じゃぁ今夜は春のお楽しみで呑きましょうか。
『フキミソ』
いえね、昔旅行先で友達になった農家の人がこの季節になると作って送ってくれるんですよ。
フキノトウは雪が溶けてお日様にあたっちまったら、もういけないんですよね。
雪の中でちょこんと先っぽを出しているか、居ないかのやつを摘むんです。
陽にあたって育っちまったらもう苦くてね。
さて、幼いフキノトウをささっと切って袴取っ手炒めて、甘辛い味噌と絡めるんです。
どうです？　これこそ春の味ってやつですよ。
それから、
『タラの芽のおひたし』
『菜の花の辛し和え』いかがです？
もうスーパーにも並んでいますがね。
こういうのは、器も選んで草模様の小鉢に、箸も選んでみましょうかね。
これ、去年山歩きした時に集めた竹なんですがね、ささっと表面削って長さを揃えただけなんですが。
軽いゆがみ具合がなんともいい感じだと思いませんか？
使いにくいですか？　こりゃ失礼。それじゃ箸は普通に桧の割り箸で。

ウォッカって言うと肴はスモークサーモンとか、パテとかソーセージとか、洋風っぽいものが一般的みたいですけど、こういう和風の惣菜もなかなかに合うもんでしょう？
最近じゃ赤ワインのフルボディに、脂ののった鰤の照り焼きや鮪の刺身なんてつまむ人も居ますしね。
酒と肴の定番も、ちょっとずつ枠が広がっているようで、何とも楽しい話ですよねぇ

はい？　ズブロッカ、桜の花びらなんて浮かべたら風流だ？
お客さんいい事言いますねぇ。
それはぜひ、桜が咲いたらやってみましょぅかね。
草の風味が消えない程度に、一滴カンパリなんか垂らしてほんのり紅色に染めて。
春限定のカクテルですね。
でも問題は……
桜って折ったり摘んだりしちゃイケナイもんだから、落ちてるの拾って使うしかないんですよねぇ。
公園や通りの桜は排気ガスとか、踏まれて汚れちゃってるからヒトがあまり来ない場所でひっそり咲いてるヤツを探さなきゃいけませんね。

どうです？
今度桜前線がやってきたらお花見がてらに、一緒にズブロッカ抱えてひとつ桜探しの山歩きでも。