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うみきょんの どこにもあってここにいない


かわいい江戸絵画展 その3


 ところで「かわいい」とは何だろう。図版カタログには、元になったのは「古代や中世で使われていた「かはゆし」」で、「顔映ゆし」、“恥ずかしい”“気の毒”(かわいそう)を含む言葉になっていったとある。そして江戸時代になり、“いとおしい”「つまり私たちが最も普通に思う使い方」になったという。
 「(「かわいい」という)言葉の根底には、何かをあわれむ気持ちや「守ってあげたい」といった心の動きがあるように感じられる。(略)一方心理学の分野でも、人間や動物の「子供」に対する心の動きに由来するのでは、」との分析があり、「保護したい、面倒をみたいといった衝動が「かわいい」という感情につながると考えられている」とある。これらを頭のすみにとどめながら、ときにひきだし、順をおってゆきたい。

 第一章は「幕開け」として、江戸時代前半期、十七世紀から十八世紀前半にかけてのもの展示。このころ、「絵が特定の権力や宗教のみに属するものではなくなり」、また「中国絵画や西洋絵画の新しい手法に刺激され、(中略)新しい画法が追求され」ている。絵を描くこと、みる目にあった枠がとれたことで、テーマということが考えられ始めている、その時に「かわいい」ものも生まれつつあったのだ。あるいはかわいさをみつめる目と、技法がちょうどかさなりあったのだった。
 
 ここでは後期展示の《伊年印 虎図》をあげたい。まるみをおびた片足を前に出し、もう片方の足を頬にそえているようにみえる。まんまるの顔にまるい鼻。半月状の目に、への字の口がむすっとしてみえるのだが、全体的に丸みをおびたためか、こわさというものがまったく欠落してしまい、愛らしいとしかおもえない。あとでも虎を描いたものがたくさん出てくるので、くわしくはその時にふれたいが、この虎はそのなかでも、ずばぬけて愛嬌がある。作者はわからないらしい。「伊年」の印から、俵屋宗達やその周辺の画家の作品とのこと。

 ほか後期展示の狩野探信の《猿鶴図》、これは猿を描いた作品と鶴を描いた作品、対の掛け軸なのだけれど、特に猿。水に映った月をとろうとしておぼれてしまうという故事を主題にしたもので、たくさん(百匹だそうだ)のテナガザルたちが、木の枝からつらなってぶら下がり、体をよせあい、ささえながら、水にうつった月をとろうとしている。これはかわいいというより、猿のしなやかな姿、そして水に映った月、滝の流れ、滝による波の発生、遠くの山々、それらのもたらす均衡、緊張にひかれた。
 かわいい…ではない、で思い出したが前期での長谷川等彝《洋犬図押絵貼図屏風》は、オランダなどから輸入され、珍重されていた洋犬を描いたもの。南蛮屏風か朝鮮画、どちらかの流れをくむものらしい。二対になっていて、一枚のほうが子犬に乳をやる母犬が描かれているが、母犬は肋骨がくっきりとみえて、栄養失調であるかのようで、いたましくさえ感じられる。対して子犬のほうは丸みをおびてはいるが、やはりかわいい…とは思えない。といってかわいくないとかでもなく、そうした範疇の話ではないような気がするのだ。これもかわいいの黎明期といえばそうなのだろうけれど、絵は、みる者に対して、異彩を放っていた。どちらも人間のような白目に黒目をもっていて、母犬のほうはけだるそう。子犬は笑っているかのようだ。背景に朝顔。

 二章は「感情のさまざま」。かわいいというくくりを「健気」「かわいそう」「慈しみ」「おかしさ」「小さなもの、ぽつねんとしたもの」にわけて、いわば「かわいい」を分解することで、かわいいとはどういうものかを考えさせてくれるようになっている。

 「かわいそう」では舶来動物、おもに見世物として扱われた動物を描いた作品。窪田雪鷹《駱駝図》(前期)と伊藤若冲《鸚鵡図》(後期)。後者は以前どこかでみたことがあった。その白いレースのような、ほとんどすけそうな鸚鵡の姿にひかれたものだったが、かわいそうとは思わなかったことを思い出す。足に鎖をつけられているというのに。そのすけかたに幻想を感じたのだった。前者の《駱駝図》では賛があり、そこに駱駝の来歴や駱駝の従順な性格、休みなく働く駱駝を思いやったことなどが書かれているそうだが、二頭の駱駝のさびしいような、けれども夢みるような目つきが印象的だ。
 どちらにも、対象への慈しみが感じられる。そしてどこか外国…異国への憧れが、描かれた動物などに現れているのだと思った。あるいは帰りたいとねがう動物に、郷愁のような思いが幻想としてのせられている、というか。




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