小さな出来事
- カテゴリ:人生
- 2013/04/21 10:03:17
その日は天気もよく暖かで、静かな春の日だった。病院の待合室は夕刻でもう待っている人もなくがらんとしていた。
私は会計を待ちながら、壁掛けテレビの傍の小さな書棚を眺めていた。ふと影が差し、振り返るとガラスの自動扉の玄関前に一台の車が横付けになったところだった。逆光になるので全てシルエットに近い。運転していた人物が降りてきて後部の扉を開ける。ゆっくりと降りてきた人物が待合室に入ってくると黒い人影は老年の男性の姿を取った。
足腰がもうしんどいのだろう、彼はゆっくり歩いてくるとソファにかけた。銀白色の髪、やや濃い目の眉と穏やかな顔立ちは、高校時代の地学の教師を彷彿とさせた。深い紺色のピンストライプのスーツ、白いワイシャツにチャコールグレイの文様柄のネクタイ。おしゃれにも気を使う方なのだろう。金色の控えめな彫刻のついた上品なライトオークのステッキは握りが平らなタイプだ。
彼が先に呼ばれ、会計で支払いをすると薬の引換券と会計票を受け取ろうとする。だが数枚のそれはサイズもまちまち。いくつかの紙片が彼の手を離れ床に落ちる。個人書類であるから一寸躊躇ったが、かがむのもきつそうだ。私はそれらを拾い、微笑んで男性に手渡した。
「どうぞ」
「おお、ありがとうございます」
「あら、いいえ~」
丁重に頭を下げられ、男性はゆっくり薬剤受付に向きを変える。
「あ、もしよろしければ薬局窓口にお持ちしましょうか?」
「いやいや、大丈夫です。どうもありがとうございます」
薬を受け取り、男性はソファに腰を下ろす。
廊下の向こうから、ベージュの千鳥格子のツイードのスーツの女性が歩いてきた。おそらくは男性の奥様なのだろう。男性と同じように穏やかな顔、白い髪はきれいにセットされている。
「おお、今ね、私が会計のところで紙を落としてしまってね。こちらの方が拾ってくださったんだよ」
「あら。それはどうもありがとうございます」
婦人はにっこりと微笑み、私の方に向き直ると男性と二人で改めてまた頭を下げられた。
「あ、いえいえ、たいしたことではありませんし」
私も会釈をし、ニコニコと笑って返す。
もう一度会釈をされ、二人は踵を返し、入り口へと向かう。
同時に私は会計で呼ばれ、支払いをして出口へ向かった。病院入り口に止められていた車に今まさに先のご夫婦が乗り込もうとしているところだった。運転していたスーツの男性が黒いベンツから降り、夫婦が乗り込むまで丁寧にドアを押さえて待機していた。
おそらく家柄のいい方々なのだろう。実るほど頭をたれる稲穂かな。そんなことを思いながら家路についた。
おお、それは嬉しいお言葉です。
春の夕暮れの魔法の時間、そんな感じでした。
私もその場に居合わせたように
この風景を味わうことができましたヾ(=^▽^=)ノ
一寸ステキなシーンでしたよ。
>まーさん
美しさが自然と行動に出るっていいなあと思いました。
>nekoyamaさん
ほんとに一瞬のシーンですね。おのおのの人生という一本の物語の、一瞬の交錯するシーン。
映画のワンカットみたいでした。
考えた方やスタイルが、とっさのときの行動、言動に出るなあと思ったのでした。
>ふらびおさん
いいご夫婦でしたよー。いいなあとあたしも思いました。
小説っぽいとはありがとう~w ライターの端くれとしては嬉しいです。
>とりさん
そそ、印象的な出来事、人物、出会いってありますよね。
一緒にみているように感じていただけたなら嬉しいなあ。
>ごんべいさん
詳細に書かなかったけど、書類は裏返しに落ちてたし、個人情報は見てませんw
一張羅という感じではなく、普通に着ておられる感じだったなー。
午後は予約診療のみで、午前中が新患ありで昼までの会計が猛烈に混むので(下手すると1時間以上待つ)、診察を午前。支払いと薬だけあとで、というパターンだったのかも。忙しい人だとそういうのもあります。
「運転手の待機してる車のほうに歩を進めてヽ(´ー`)ノ イッチャッタご夫婦」 に対し「きびすをかえし、入口へと向かう。
という一文に時間がとまってしまいました、いま流行りの有吉某タレントの言い回しを真似れば、なんとまあスゲ━━━ヽ(゚Д゚)ノ━━━!!!!火花文だぜー、
ゴンベイもタウン利用者ではちと自称歲行ってるふだつきものですが、ロマンスグレーのひととの出会いで済んだものが、躊躇したことが現実となり、┐(´д`)┌ヤレヤレという心境のほうを選んだよー、 感じ方も自由だからなー
こなたー診察も受けずに会計を済ませ薬まで受けとってた老紳士は晴れの日に着る一張羅をマトイ
かたやー廊下の向こうからこれまた晴れの日に着る一張羅をまとった婦人に時間的にいわなくても良い出来事を告知した(こちらのご婦人に本名と投薬名をみられてしまったよー、あら。あたいのことなんですよー、病院で見かけたらよろしくねー) ???(ユスリ、たかりはしないで、家内のことよろしくー(^-^)/)かなぁー
輩として一理ある解釈をコメントしてしまったごんべいでしたー。
フランカーさんが書くと、そのシーンを私も一緒に見てたような気がします。
素敵な出会いでしたね^^
描写がほんと小説の一部みたいです☆
そのお二人方のように歳を重ねていきたいものです。。。
これからなにかが起こるのか、何かの物語の最後のシーンなのか、
人生は、その人が一生掛かって書き綴る小説みたいなもの。
老紳士にとっては、奥様にとっては、フランカーさんにとっては、
どんな意味をもった場面になるのでしょうか…
なんのつながりもない独立した一場面なのかしら、
それとも、だれかの大きな物語につながった
大切な何かになるのかしら…
端からのぞき込んでいるわたしにとっては、
どんなに思い巡らせても、果ての無いことにも思えます。(笑)
まーはそうなれそうもないなー(@_@;)
素敵だなぁ…