★　黒うさぎの夜　★


おやこれは随分懐かしいお客様で。
こんばんわ、お嬢さん。いつこちらへお戻りになられました？
確か二年前でしたよね？　中国に転勤になっちゃったの。本当にお久しぶりです。
日本に戻ってこられたの？
一時帰国？　ははぁ、とうとう本格的にあちらの支社を任されることになったんですね。
じゃあまた、あちらに行かれたら長くなっちゃうんですね。

あ、私の出した手紙、届いたんですね。
ここの開店の案内状。
そうなんです、お嬢さんが通ってくれた前の店、オーナーが引退しちゃって、
しょうがないから自分でお店初めちゃったんです。
手紙、ご実家で保管してもらってましたか。それで来てくださったんですねぇ、ありがたいことです。

はい？　中国土産ですか？
そんな、悪いですよ。
あぁ、最後にお会いした時、餞別にご馳走したワインのお礼ですか。
それでは遠慮なく。
雲南茶ですか。珍しいお茶なんですか？
あぁ、プーアル茶ですか。雲南省が原産なんですか。
えぇ、お酒と肴以外の事は本当にからっきしで、お恥ずかしい限りです。
あと、ジャスミン茶。これはアタシも知ってますよ。有名ですからね。
ありがたく店で使わせてもらいますね。
中国はどうですか？
まぁ、向こうのスーパーでも日本食は売ってるし、食べるもんに困ったりはしないんでしょうけど。

さて、久々の日本のお酒、なにでいきましょう。
飲みやすい焼酎で？
相変わらず焼酎好きですね。ちょうどいいや、お客さんにぴったりのがありますよ。

『太古の黒うさぎ』

奄美大島の黒糖焼酎なんですけど、黒糖ってのが面白いでしょう。
奄美大島だけで許されてる製法のお酒なんだそうですよ。
奄美の黒糖を使って、樫の樽で熟成させる焼酎です。
樫の香がふんわり甘く漂って、数年かけて熟成させたお酒独特の喉越しの良さ……
って、箱に書いてあるのをまんましゃべってちゃ、呑み屋の主失格ですね。
ま、とにかく一杯いきましょうか。

アマミクロウサギってぇのが奄美大島に生息しているでしょう。
一千年ほどの昔から居て、生きている化石とか言われるらしいんですがね。
ええ勿論天然記念物です。
現在のウサギの中でも、最も原始的なやつだそうですよ。
あまり詳しい事、知らないんですけどね。
夜行性で、夜中に「ぴゅーい、ぴゅーい」って鳴くんだそうですよ。
一度聞いてみたいもんだと思ってるんですけど、なかなか行く機会に恵まれないんですよね。

あ、そうだ、何かつまみます？
いつも呑む時はあまり箸を持ちませんでしたよね。だから軽く、ね。

「カイワレとミョウガのポン酢和え」

この季節はやっぱりミョウガですよね。大根おろし乗せますか？　どうぞどうぞ。
これにカリカリのベーコンでも加えるといいんだけど……はい、要らないですね。
ミョウガとカイワレの組み合わせって、いいですよね。
スパッと辛いカイワレに、香り高いミョウガ。
でも酒の味の邪魔をしないんですよね。
大根も今の季節はちょっと柔らかい味なので、辛いカイワレと相性も良くて。

ウマイですか？　太古の黒うさぎ。良かった。お口にあったようで。

きれいな琥珀色がまた何ともいいでしょう。
スモーキー具合もバーボンっぽくて、ちょっと他の黒糖焼酎とは違った感じなんですよね。
え？　他の黒糖焼酎、呑んだ事ないからわからない？
そりゃぁいけませんね。
日本にはいつまでおいでで？
今月いっぱいですか。じゃあその間うちに通って、美味しい黒糖焼酎を呑んで行ってくだささいよ。
他にも色々あるんですから。

原料の黒糖には蔗糖の他にブドウ糖や果糖が入っていて、
カルシウムやミネラル、ビタミンなんかが入っているから、そりゃ美容にも健康にもいい、
女性が呑むにはうってつけのお酒ですよ。
このラベルも気に入りましたか？
可愛いでしょう、アマミクロウサギ。
きっと本物も可愛いんでしょうねぇ。一度見てみたいもんですよ。
遠い昔、まだ日本が大陸と繋がっていた頃にやってきたウサギなんだそうですよ。

酒は古酒、ラベルのウサギは太古のウサギ。
時を超えたロマンの味ですよねぇ。

さて、お次はどの黒糖焼酎を紹介いたしましょうか。
え？　今夜はとりあえずこれ一本でいい？
じゃ、他の焼酎はまた今度ってことで。
ではお嬢さん、もう一杯どうぞ。