「約束の海」
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/04 15:19:25
「海が見たいな」
ぽつり。誰に言うでもなく、ひとり言のように詩菜(うたな)は呟いた。
「海だったら、見えるじゃない」
リンゴの皮をむいていた手を休め、詩菜の方へと顔を向ける。
真っ白で清潔な、病院独特の匂いが染み込んだシーツの上に広がる詩菜の茶色い髪が、よく映えた。
「うん、そうだけどさ。違うの」
何が違うのか。
詩菜が横たわるベッドの向こうに、窓の広がるのは、まぎれもなく海。
今日の天気は快晴で、大海原の深く鮮やかな青さが目にしみる。
白オンリーの部屋で眠る美少女。その向こうには空の青さを吸い込んだキラキラと揺らめき、波を絶えず作る碧海。これ以上無い絶景じゃないか。
「私は、元気な体で、海を見たい」
またぽつり。叶う見込みの低い願いを、詩菜は口にした。
私は何も答え得られない。考えのない軽率な慰めは、詩菜にはすぐ見抜かれる。
詩菜に食べさせるためのリンゴの皮むきに専念しているフリをした。
分かってた。
詩菜は、この病室からではなく、もっと近くから海を見たいのだ。海に触れて、海と戯れたいのだ。
でも、分かってるだけで、何もしない、何もできない。
「ねえ莉沙。どうして私は、こんな体なんだろうねぇ」
「知らない」
知らないしか、答えようがないじゃないか。
詩菜が病室に閉じ込められるのは私の所為でも、詩菜の所為でもない。
只の、病原菌の所為。そう。只の、病原菌の、所為、なのよ。
「私がどんな体でも、莉沙はいつか一緒に私と海を見てくれる?」
仰向けになっていた体を上半身だけ起こし、詩菜は真摯な目で問いかけた。
さらり、と微かな音を立て、日光を浴びて小さく光る髪が詩菜の華奢な肩に掛かる。
「当然よ。」
食べやすい大きさにカットしたリンゴを乗せた皿を持ち、詩菜に近づく。
「いつか、きっと」
卑怯に只時に身を任せて「いつか」を待つんじゃ無く、
自らで「いつか」を切り開こう。
その暁には、今日よりもきっと美しい海を一緒に見ようじゃないか。
わほーい。
2度目の打ちまつがい。
毎度指摘ありがとうございます。
叶わないと信じるより、
叶うと信じる方が、きっと自分の周り全てが鮮やかに見えるのです。
試されているような感じがしました。
至極個人的な感想ですけれども。
其の強い気持ちを、持ち続けていられたら・・
現実は叶うか叶わないか、わからないのですが
なんとなく叶うような、気がしてしまうのです。
・・掛かうって何ですk←