Nicotto Town


グイ・ネクストの日記帳


ジャンヌ・ラピュセル11


 私はマリアの死からほんの少し言葉使いが変わったわ。うん。ほんの少し。

「ただ一人の聖女よ…そろそろ戦場に着くが、準備はいいのか?」と、ハーメル公爵は髭をさわりながら聞いてきた。
「はい、公爵。いつでもかまいませんわ」と、私は公爵の目を見る。私と同じ青い目だ。
「10万の魔族に対してわが軍は2千のみ。いくら精鋭部隊といえどもこの戦場は難しいかもしれん」
「奇跡は起こるべくして起きますわ。公爵様、ただ一人の聖女を信じてくださいませ」
「…うむ」と、力無く公爵は頷く。

戦場の最前列で馬車は止まり、ジャネットを降ろして馬車は帰って行った。

ジャネットは青空の下で、十字架を手に握り、地面に膝をついて祈り始めた。

 私は見返りを求めてばかり。そんな私にマリアは、いえ、ニュクス様はすべてを与えてくださいました。私は今でもマリアに感謝しています。悪の果実しか作れない私に善を作らせてくれたマリアとニュクス様に感謝しています。
私の身体はあなた様のモノ。私のこの心も…あなた様のモノ。お返しいたします。すべてを委ねます

 赤く輝き始めるジャネットの身体。黒い翼と黄金の翼が背中から生える。4枚の翼で空に舞い上がる。銀のイブニングドレスを纏って、赤く輝く目の中には六芒星の聖なる印を宿して魔物たちの大群の中へ飛んで行く。

 その姿を兵士たちは眺めながら、何故か懐かしさを感じていた。ジャネットの姿を見て、トカゲの顔をした剣士リザードマン、牛の顔をした斧使いミノタウロス、空を飛び炎を口から吐く、ワイバーンたちは特に驚きもせずに見つめる。ジャネットは剣士リザードマンの集団の中に降り立つ。

降り立ったそばにいた剣士リザードマンは膝をついて頭を下げる。
リザードマンたちは言葉をつぶやき、剣を捨てて行く。
ジャネットはゆっくり歩き始める。
斧を振りかぶり、襲ってきたミノタウロスの斧は見えない結界に壊される。
止まることのできないミノタウロスもまた見えない結界に吸収されて行った。
ワイバーンはジャネットの周りを旋回して炎を吐いて行くが、見えない結界に吸収されていく。
抵抗はしばらく続いたが、次第におさまって行く。大地に赤く輝く糸が張り巡らされ、10万の大群はとうとう進行方向を逆に進み始め
る。要塞バジリスクでは一人のアルフガルド兵士が、要塞バジリスク司令官の部屋に通じる茶色の戸を叩く。
「入れ」と、司令官の声を聞いてから兵士はそっと戸を開けて入った。
「魔族軍が全部寝返りました」と、兵士はなるべく司令官と目を合わさないように天井を見た。

司令官は銀の髪をさわり、赤い濁った目で兵士を睨む。
「予定通りだ…贄はその10万の大群よ。そして呼び出すは死の使いにして死の神よ。たとえただ一人の聖女と言えど勝つ事はできまい
て。くくく、あーっはっはっは」と、司令官は高らかに笑う。
「…あの司令官サリエル様」
「まだいたのか?下がってよい」と、司令官サリエルは兵士を再び睨む。
「ひぃっ。はい、ただいま」と、兵士は茶色の戸を閉めて出て行った。

 戦場では要塞に近づくにつれて、黒色に輝く魔法陣に剣士リザードマン、斧使いミノタウロス、炎を翼竜ワイバーンが次々と吸い込まれて行く。まるでアリ地獄に落ちて行くように逆らうすべもなく吸い込まれて行く。
 ジャネットは何かが召喚されようとしているのだと感じた。
(私はニュクス様の力を知っています。王の中の王、闇の支配者、神の代理にして唯一の所持者ですもの)

 10万の軍はたった一つの魔法陣に寄りて崩壊して行く。

 最後まで残っていたリザードマンが吸い込まれて行った後、魔法陣の中心に黒い大きな塊が収束して行く。

 赤く輝く大きな鎌、宵闇のローブを身に纏い、ドクロを仮面を被り、ジャネットを見つめて真っ直ぐ歩いて、いや、飛んで来た。
 
 死の使いにして死の神は…ジャネットの目の前まで来ると、ドクロの仮面を外して跪いた。

 これを黒水晶で見ていたサリエルは「何をしている!?早く滅びを与えよ!」と、叫ぶ。

 死の使いにして死の神は語る。「この衣、この大鎌はニュクス様のモノ。私はお借りしているだけの物の怪でござりますれば」

 ジャネットは一歩前に出て「物の怪」と名乗る死の使いにして死の神の頭をなでた。
「よい」と、ジャネットはつぶやく。
 死の使いにして死の神は金色の光に包まれて消えた。要塞バジリスクの司令官室ではサリエルの断末魔だけが響くのであった。
またジャネットは意識を失う。そこにはリルル牧師が来ていた。
リルルはジャネットを支えてつぶやく。
「トゥーランドット教会の記録を読ませてもらったよ。マリア・ウクライナ…それが君に「次の人へ」を命をかけて伝えた人。そして君
にとってのニュクス様なのかもしれない」
リルルはそれだけつぶやくといつものようにジャネットを背負った。向こうからは馬車がやってくる。

「ジャネットー」と、叫ぶ‎リリィの声を聞いてジャネットはほんの少し目を開き、馬車を見た。
(マリア……私にはこんなにも友達ができたわ。ねえ、マリア。聞いてる?)
「聞いてるわよ」と、ジャネットはマリアの声を聞く。
(幻聴かしら…いいえ、マリアの声だったわ。ありがとう、マリア)ジャネットは再び眠りについた。

たぶん、次回あたりで完結予定。




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