◆ 海に宿る月 1
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/05 21:05:30
沈んでいく。
あかるい陽射しを反射して緩やかに揺れる水面を目指し小さな腕を伸ばすけれど、遥か届かない。逆にどんどんと遠ざかってゆく。
―― ママ ――
薄青く明るかった海面は、まるで少女を見捨てたかのように冷たく光り、暗く深い底が手招きをはじめる。
上に……上に……戻ろうとばたつかせる手足にまとわりつく重い水底の塩水は、生にもがき死に抗う小さな体から体温を奪い、諦めを誘う。
自分を包む冷たい水の中で、暖かな一滴が目頭に揺れた。
それを合図にして、喉の奥で我慢して溜めていた最後の空気が、コポ……と、不快な音を響かせながら、小さな丸い泡となって、一斉に弾けた。
―― ママ ――
最後の意識が、暗く揺れる。
―― 死んじゃうの? わたし、死んじゃ……
海沿いの小さな村では、その規模にふさわしくないほど騒ぎが大きくなっていた。
「街のダイビングクラブに友達がおるけん、頼んでみちゃる」
「人手は多い方がええ。急いで頼む」
漁船をつける筏で、老婆が正座して手を合わせる。
「どうか、どうか佐和子を……」
沖に流された小さな頭が海面に浮いたり沈んだりを繰り返す異常さにいち早く気付いた幼馴染が、筏で網縫いをしていた大人に知らせ、泳ぎ自慢の青年が沖に出たが、もうその姿は水面から姿を消してしまった後だった。
瀬戸内海と大平洋を結ぶ灘を臨む海沿いの、蜜柑の香り立つ小さな湾沿いの村。年寄と僅かな若夫婦、そして更に数少ない子供達。そんな静かな漁村を、何十年かぶりに騒がせた事件だった。
遠くなる、薄青かった陽の光。既に少女に意識はない。
沈んでゆくその小さな背中を、細く軟らかな一本の触手がふわりと抱きとめた。
一本は二本になり、二本は三本になり、さわさわと、やがて数えきれない数百本となって小さな体を抱きかかえる。
茶色の触手達は大きな蓋を作るようにして、少女の上に覆いかぶさった。
小さな肉体の上でそれらはわさわさと動き、触手の内側に貯め込まれていた小さな気泡をかきあつめて、大きなひとつの球にしてゆく。
まるで、風呂場で洗面器をうつぶせにして空気の塊を中に作り、そこに顔を突っ込んで素潜りごっこを楽しむ子供のように、触手をもったソレは、空気の球を大事そうに抱えながら少女包み込んだ。
即席でできた空気の球の中。
一本の触手が、それまで蠢いていた触手達とは違う動きを始める。
それは小さな胸元をぽんぽんと叩きながら、少女の口の中へ“ふぅー”と、何かを吹き込んだ。
その行為が何度か繰り返され、少女は飲みこんでしまった海水を吐き出して大きく息を吸いながら薄く目を開けた。
「りり……ちゃん?」
目の前でわさわさと蠢く茶色い触手の塊を見つめて呟く。
「りりちゃ……?」
もうろうと手を伸ばしながら、二度呟くと、体力の限界に彼女は再び眠りの底に誘われた。
―― りりちゃん ――
それは去年の冬。まだ幼稚園に通っていた頃の記憶。
幼稚園では様々な生き物が飼われていた。池では金魚にザリガニに鮒にタニシに亀。教室ではメダカにカブト虫や鈴虫の卵に幼虫。
少女は園庭の隅に建てられた小屋に住む、ウサギの担当だった。
小屋には産まれて二年目の若いウサギが二羽と、少女が入園した時にはもう十分に年を取っていた茶色いウサギが一羽。
年寄のウサギは動きも緩やかで、長年飼われていたおかげで子供にもなれていて、若く機敏な二羽より遥かに、子供たちから慕われた。
もちろん、ウサギ当番となった少女にとっても、彼女は特別なウサギになった。
「りり……ちゃ……ん」
弱弱しく腕を伸ばしながら懐かしい茶色のウサギの名を読んだ。
目の前に浮かぶ茶色い触手の塊は、小さな気泡を少女に向かって吐き出しながら、少女の呼びかけに応えるように、緩やかに巨体を震わせた。
りりちゃん……
りりちゃんなのね……
甘酸っぱい空気の塊の中ですっかり安心したように、再び穏やかに瞼が閉じられた。
少女が発見されたのは、彼女の家がある小さな湾をさらに過ぎた、隣の村の湾だった。
建設中だった堤防のテトラポットの隅で穏やかに横たわる少女を、探索に加わっていた青年団の一人が見つけた。
小学生になったばかりの少女が溺れ、一時的とはいえ行方不明になりながらも助かったという小さな漁村で起こった事故は、他の海水浴場での死亡を含む大きな事故に隠れて公になることのないまま、幕を閉じた。
そして、幾度目かの夏。
白いブラウスを汗で滲ませ、黒いひだスカートを翻しながら寂れた海岸沿いを駆け抜ける少女が居た。
小さく開けた湾に出ると、古い木造家屋が立ち並ぶ一筋の道路が現れる。家々の前を流れる県道、その向かい側には堤防を越えて、海。
逆に、家屋の後ろにはきれいに手入れをされた蜜柑の山がもっこりとそびえ立つ。
シャーッと音を立てながら走らせていた自転車をひとつの桟橋の前で停め、彼女はその向こう、海に浮かぶ筏に向かって叫んだ。
「ヨシばぁちゃーん」
「おぉ、佐和子ちゃんかぁ。今もんたんかぁ?」
小さな筏の上で漁に使う網の綻びを縫っていた老婆が手を休めて振り向き答えた。
「汗かいたろう、麦茶でも飲んでいかんかねぇ」
脇に置かれた大きなヤカンを指差し老婆が叫んだが、佐和子と呼ばれた少女は首を横に振った。
「いんやぁ、晩御飯の準備もあるしぃ」
「そっかぁ。じゃぁ、うちの畑ににがうりの出来とるけん、よかったら捥いで行きぃ」
老婆も深くは誘わない。
佐和子は大きく手を振り、「ありがとう」と叫んでペダルに足を戻し、再び自転車をこぎ出した。その後ろ姿を見ながら老婆は溜息を吐き、ひとりごちる。
「やっぱり海はまだ怖いもんかねぇ。もうあれから八年は過ぎたんにねぇ」
佐和子が帰っても、家には誰も居ない。
老夫婦は三年ほど前、既に他界した。父親はその後を追うように交通事故で逝ってしまった。その後の生活のために、仕事に出た母親は陽の長い夏でさえ明るいうちには帰らない。
仕事に疲れて帰る母親のため、学校が終わればすぐ帰宅して、家の中をきれいにし、晩御飯の支度をするのが、今の佐和子の役目だ。
古い平屋の家に母娘二人。
大きな硝子張りの玄関を開ければ、慎ましいその暮らしには不釣り合いな広い土間がひんやりとした空気を用意して、暑い外から戻る佐和子を待っていた。
自転車を土間にいれようとふと下を見ると、玄関わきに大きく細長いスイカがごろりと転がっている。
「誰やろう……澤田のじっちゃんかなぁ……弘んところのばぁちゃんかなぁ……」
大抵の家では漁と山を兼業しながら、畑も作り、自給自足に近い暮らしをしている。その中で細長いスイカを作っていて、気やすくお裾分けなどしてくれる人の顔を何人か思い浮かべながら台所に運ぶ。
自転車の荷台に積んでいた鞄を居間に放り投げると、先ほどのヨシ婆の畑から貰ってきたニガウリを眺め、
「まぁ誰でも、解った時にお礼できるよう、日持ちのする煮物でも作っておけばええか」
にっこりと笑った。
◆◇◆ 続くんだにゃ ◆◇◆
元気な少女ですね佐和子ちゃん。
ひなびた海沿いの村、皆が顔見知りな環境。
どんなお話になるんでしょー^^
ちょっとづつ読ませてね♪
さ~ 一気に読むぞ~^^
7歳半の息子さんが真珠の養殖いかだの下をくぐって遊んでいて溺死。
息子さんの為に追悼文集を編まれ、その一冊をいただいて胸を詰まらせて読んだ記憶があります。
夏の海。
7月8月の特に週明けには、必ず水の事故が新聞に載るよね・・・。
楽しい筈の水遊びが一瞬にして暗転してしまうのが、
何に例えたらいいのか分からない位、切ないよね。
少し前までとびきりの笑顔ではしゃいでいたのに。
ほんのさっきまで、おいしそうにお弁当を食べていたのに。
――そう思うとやりきれない。
生きていけるはずのいのちがって思うとどんだけ泣いても泣ききれないよね・・・。
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今日はこの小説をまとめて読ませていただこうと、麦茶を横に置いて準備はばんたーん^^
ふふふ。 読まないのかと思ったでしょ?^^
ゆっくり読もうと、とっておいてあったのよーん^^
読んでくださってありがとうございます~^^
助かったのは、まぁおいおい話す事に…(ヲィ)
何か霊的なものが
すくってくれたような
気がします
小さい子供さんも、多少泳ぎに自信のついたお兄ちゃんお姉さんも、
気をつけないといけない季節です~
続きました^^ とりあえず(´▽`)
読んでくださってありがとうございます~^^
あたしも何十回となく溺れたり死にかけたりしましたなぁ(^_^;)
何せ家の真ん前、海ですからw
お互い助けてもらってこの年齢になれた事を祝福しましょうです~
読んでくださってありがとうございました^^
ここからどう続くのかな?
中学過ぎて近所の地下水のプールで泳いでた時も 水が冷たくって急に足がつっておぼれた時も
近くの大人が助けてくれたっけ
きっと 何かが助けてくれてたんだよね✿
旧暦で七夕をする地域って結構あるのに、
幼稚園保育園では普通に七夕する不思議ww
二回七夕を楽しめていいね~って喜んじゃいますww
夏になると冷たい麺類が主流になるけど、
疲れた胃やら体には暖かい麺の方が嬉しいんですけどねぇ…(^_^;)
うーん、映画監督さまとかよく解んない~><
淡々とモノクロ調に作ってもらえると嬉しいですなぁ
万が一アニメ化なんてなったら、
佐和子ちゃんの彼氏には川上とも子さんを支持したかった…(ノДT)
いや、多分みなさま普通に想像できる程度の展開ですよ^^
予測できる=共感が持てる=裏切らない…
そんな安心感のある物を書いてみたいです。
鹿児島も旧暦なので、時間はありますよ(*^^)v
でも、今日、ホームでは、七夕飾りを笹にくっつけているはず・・・
でもって、明日の7日の昼食は・・・“ぶっかけ素麺”
夏になると・・・ぶっかけ素麺・ぶっかけうどん・ぶっかけ蕎麦・・・と麺が違うメニューになります(^_^;)
物語を読むと、ついつい監督や配役を夢想する悪い癖がありますが、、
こういう物語でドキュメントの味出しながら、しっかり完成した映像美に、、
しかも少女素材、、
ううむ、尾道出身のO林をもっと若くしたような監督かなあ、いるかなぁ
でも九死に一生を得た佐和子ちゃん、どっか不思議の世界に繋がって
この先予測のつかない展開がありそうですね~
心して後編を待ちます。
触手触手って書いてて、ずっとパパりんを意識してましたww
絶対この単語に反応する! って(´▽`)
期待を裏切らないコメントをありがとうございます~♡
大丈夫! ちゃんと本文はロマンチックですから^^
多分…(^_^;)
イソギンチャクはさらに卑猥な連想へとおやじをいざなう
嗚呼、いたいけな少女の話なのに。。
なんて卑しいおやじ・・・・(。-∀-)化♪
読んでくださってありがとう~(´▽`)
全部終わってからサークルの板に書き込みます~
って、それじゃ遅い…?(^_^;)
ラブストーリー、高校生の恋愛って、ちょっと恥ずかしいですねー(//▽//)
読んでくださってありがとう~(´▽`)
今の所、佐和子ちゃんは家庭的な女子高生です^^
恋愛とかは興味なさそうですww
そして…
ラブストリーを期待するのは
ふつうですよね 笑
佐和子ちゃん、どんな大人になったのですか???
ぷくプーちゃまから「七夕のお話」をってコメもらったしー
過去に書いた物を引きずり出してみる(・∀・)
たぶん9回くらいで終わるんじゃないかなー
……七夕過ぎるわ!ww
でもうちの七夕は旧暦なので、問題ないのであったりなんかしたりして(´▽`)