◆ 海に宿る月 3
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/07 22:25:22
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=50971362 からの続きにゃ
◇◇◇◇◇◇◇
「きみは? 泳がないの?」
背後から急に声をかけられて、佐和子は驚いて振り返った。
季節は、夏休みに突入していた。
湾を三つほど過ぎた、家からほど近い小さな海水浴場。その堤防に腰掛けて、幼馴染や都会から里帰りしてきた子供達のはしゃぐ様をぼんやりと眺めていた時だった。
佐和子の座っている場所のすぐ後ろで、堤防に頬杖をついて見上げる少年と目が合う。
細い、色素の薄い髪と瞳。白すぎる肌。
「もしかして、泳げない?」
驚いて言葉も出せずにいた佐和子に、悪戯っぽい笑顔が揺れる。
「泳げるわよ! この辺の子供で泳げない子なんて、居るわけないじゃない」
「じゃあなんで皆と一緒に泳がないの? あそこにいるの、友達でしょう?」
「友達……なんかじゃないわ」
少年からぷいっと顔を背けて、足元での白いサンダルに目線を落とす。
確かに、目の前の海で泳ぎに興じている少年少女の多くは、友達というに相応しくない。皆年齢に三つ四つ上下はあれど、その関係は友達というより遥かに密接だろう。
幼いころから男女の別なく風呂を共にして、夏、暑い日に遊び疲れれば、風の通る部屋で布団を並べた。歩いて一時間もかかる小学校への道のりを朝早く、夕方遅く共にした。悪戯も怒られる時も、たいがいは同じ顔が並ぶ。
血こそ違えながらも血縁と呼ぶに相応しい。
しかし、今、佐和子は彼らと夏の一時を共有できないでいた。
今というより、あの幼かった恐怖の夏から。
一緒に海に入れない。ただそれだけで、ひとつの季節を絆を別って離れてしまう。
夕暮れから始まる花火などには加われても、海を共に出来ない疎外感に襲われた。
「キミ、地元の子でしょう?」
ほんの数分、佐和子が想いふけって黙り込んでたさ中に、突然会話が戻ってきた。
「え? えぇ、あっちの方にちょっと行ったとこ、福浦の子ぉやわ」
「あの辺の子がここまで泳ぎに来るの? 皆そこの海で泳がないの?」
「家の真ん前で泳ぐなんか、小学生の子らだけだわ。
中学生にもなったら皆ここまで来るし、高校生にもなったら友達や先輩に車乗せてもろうたりして、もっと広くてきれいな砂浜まで行きよるわ」
簡単に説明しながら、
―― 何で身も知れん子に、こんな事教えてあげよるんやろう ――
気持ちがもやもやとしてくる。
「あんたは地元の子やないんやろう?」
人に物を聞く時は自分の事から喋るのが礼儀よ、と言わんばかりに質問を投げた。
「うん」
佐和子の気持を知ってか知らずか、少年は爽やかに一言だけ返す。
しばらくは続く返事を待っていた佐和子だったが、待てど返ってこない返事に拍子抜けして項垂れた。
普通ならそう聞かれれば「うん」の後に、どこの村の誰の家の里帰りだとか、大阪だとか東京からだとか、そのくらいの返事は付いてくるものだ。
自分の住んでいる村か、隣り合わせた辺りの村の親戚で、こんなふうに年の近い子供なら、夏の祭や海水浴場で一度二度ほどは会っているはずなのに、まったく初めて見る少年の顔と、あいまいな返事に佐和子は少し身構えた。
「それで? どこの子なん?」
少年は、少し考えながら
「あっち」 海の向こうを指差した。
「あっちって……あん海の向こうは九州やよ?」
突拍子もない返事にあっけにとられながら、少し考え直してみる。
指さされた方向を少しずらせば、ここからは見えない海岸沿いの村が幾つかある。
「じゃぁ、岬の方かなぁ、小浦とか、四つ浦とか?」
知っている村名を幾つか挙げると、
「まぁ、その辺」
また、あいまいな返事である。
……なんや、よう分からん子ぉやなぁ……思いながら佐和子は少年に対して、妙にざわめく気持ち悪さを感じ始めた。
テトラポットの上で揺らしていた足をくるりと道路に向けて下す。
「私、もう帰らないけん」
すく゜脇に置いてあった自転車に飛び乗った。
その後ろ姿に、爽やかなハスキーボイスな声が届く。
「明日もここに来るよね? 毎日来てるもんね、佐和子」
「え?」
一瞬の間を置いて振り返った。けれど、そこには既に少年の姿は無かった。
堤防を越えてテトラポットの下にでも入ったのだろうか?
確かめようと思いつつも、ざわざわと胸をなでおろす奇妙な感触が、そこに足を運ぶ事を躊躇わせた。
ざわざわ……
ざわざわ……
それは夜の闇の中、「ざぷん、ざぷん」と繰り返す、船が筏にこすれる音にとても似ていて。
きっと、自転車の鍵を開けている間に堤防を越えて下に降りてしまったのだ。
もしくは、湾に沿った急カーブの向こう側に走って帰ってしまったのだ。
佐和子はそう思うことにした。
けれど、何故?
少年は佐和子の事を知っていた。「佐和子」とその名を呼びかけた。
『毎日来てるんでしょう?』
佐和子が夏休みの間、毎日やってきて海で泳ぐ幼馴染らを日がな眺めている事も知っていた。
何もかも、見知らぬ少年に見透かされているようで、気味の悪い夜を迎えた。
考えれば考えるほどにもやもやとして、眠れない。
「だけど……」
きっと、あの子は知らないわ。私が毎日見ていたのは、幼馴染なんかじゃなくて……
自分の本当の気持だけは知られずにいたと思える安心で、ようやく眠り落ちた。
翌朝、母親が出勤して掃除も宿題も済ませた佐和子は、家の前に出て海に向かって叫ぶ。
「ヨシばぁちゃーん」
船付きの筏の上で麦わら帽子をかぶり、朝から網縫いをしていたヨシ婆はその声に振り返り
「おぉ、おはよう」、と返す。
「あんなぁ、夕べお母さんが買ぉてきた水羊羹があるけん、よかったら食べてや」
筏の橋を決して渡ろうとはせずに、堤防の上に水羊羹の缶を置く。
「ありがとなぁ」
佐和子がこの橋を渡ることはないと、よく知るヨシ婆は手を休め、よっこらしょと腰を上げた。佐和子の笑う堤防の側までおっとりと歩きやってきて、
「いつもありがとうなぁ」
にこにこと缶を受け取りながら笑う。
「ばあちゃんにはいつも畑のもん貰うとるし、おかげで私の小遣いもかなりええことになっとるけん、たまにはお礼もせんと」
老婆はその言い訳を聞いて、更に笑った。
「そうかぁ。やったら今夜もうちの南瓜でも持って行き。茄子もええ頃にできとるけん」
最後に、「ありがとうよ」と笑い残してヨシ婆は筏に戻った。
ヨシ婆がもう振り返りもせず、網を縫う手を動かし始めたのを見て、佐和子は土間から自転車を出しに戻る。
昼にはまだ早い時間だから、あの湾ではもう皆が泳ぎに興じている頃だろう。朝の支度と片づけを終わらせてからそこへ向かう佐和子は、いつも皆から一歩出遅れる。
よしんば、足並みがそろった所で、一緒に遊ぶわけでもないのだが。
佐和子が毎日陣取っている堤防は、ちょうど上にそびえる林が木陰を作り、山から甘い蜜柑の香を連れて下りる風と、海面をなぞりながら走り抜けてゆく潮の香を含んだ風が混ざり合い、適度に心地よい。
自転車を堤防に寄りかからせて「よいしょ」とその上に腰掛け、海ではしゃぐ幼馴染たちを遠目に見おろした。
視線はやがて、子供達の居る浅瀬から遠く離れて、自分の村に向かう湾の突先へ、そして沖合へと流れてゆく。
そこに、再び声が聞こえた。
◇◆◇ 続くんだにゃ ◆◇◆
読んでくださってありがとう~(´▽`)
PC大変でしたね>< 色々とお疲れさまでした~
さて、謎の少年の正体やいかに!?
気になりますね^^
こういう登場の仕方って物語を展開させやすいですよね(^_^;)
少年、ある意味ストーカー(笑)
佐和子を助けてくれたのはこの少年?^^
小説の舞台となった土地の風景が、まるでやあ本宅のある島みたい。
今頃、たぶん息子は海で泳いでるよん。
そーなの。数学で4点とってあたしをフリーズさせた赤点坊ね。
(数学の先生様のお慈悲で通知表には28点と記載されていたらしい・・・^^;)
けど、もう1教科、家庭科も赤点やった・・・(;_:)
田舎で、まぁファンタジーですから(^_^;)
でも現実感出すためにクドクド書きすぎて
消した部分読むとそんなにのんびりもしてなかったり…(^_^;)
読んでくださってありがとうございます~(´▽`)
ウサギの毛が長くなった毛玉の塊のような物を考えていたのですけど、
なかなか表現が難しいですねぇ(^_^;)
海は未だに謎の多い場所なのて、確かに境目という表現がぴったりやと思います。
ちょっと長くなりそうなので、のんびり読んでくださると嬉しいです^^
読んでくださってありがとう~(´▽`)
続き…がんばります~^^
いえ実は過去に書いた物の手直し品なんですけど…(^_^;)
いつも読んでくださってありがとう~(´▽`)
ごめん…ションベンライダーがわかんなかった…(ノДT)
ぐぐってもまだわかんない…><
はじめはイソギンチャクのオバケだと思っていたのですが、ウサギの毛玉から触手がたくさん出ているなんて、キモカワイイ感じですね。
そして、謎の少年が登場して、この少年は人間ではないような雰囲気です。
海岸は陸と海の境目であると同時に過去と未来、あの世とこの世の境目でもあると思います。
異世界からの交わりにうってつけの舞台設定に、つづきが楽しみです。