◆ 海に宿る月 4
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/09 22:42:34
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=50992428 からの続きにゃ
◇◇◇
「やっぱり、今日も泳がないの?」
いつの間にやってきたのか、足音も気配も感じさせないで昨日の少年が堤防に座る佐和子を見上げていた。
「また……」
警戒しながら、呆れながら少年の側から体を離す佐和子の意図とはうらはらに、彼は「えいっ」と堤防に上がって佐和子の隣に座った。
そこに、車の停まる音がキキッと聞こえた。
「佐和ちゃん、なんやボーイフレンドでもできたんか?」
白い軽トラックから浅黒い顔の年寄がドアを開けて降りてくる。
「澤田のじっちゃん」
助かったとばかりに、佐和子は堤防から飛び降りた。
「ボーイフレンドなんかと違うわ。昨日会ぅたばかりで得体も知れんヨソの子やわ」
「また、キツい事言わんと。それよりちょうどええ所で会(お)ぅたわ。
ササのええの切って来たけん、佐和ちゃんにも分けたるな。
小ぶりなんが二本でええやろ?」
「うわ、助かるわぁ。そろそろ自分で山に採り行こうかと思うとったんよ」
「じゃぁ玄関に置いとくけんな」
老人は車に乗り込み、
「せっかくのボーイフレンドなんやけん、仲良ぉせんといけんぞ」
ニヤニヤと笑いながら車を走らせた。
「違うー、そんなんと違う!」
走りゆくトラックに叫ぶが、届いている様子もないまま、緩いカーブを曲がり湾の突先の向こうに消えた。
「もう……」
佐和子が夏休みに海で泳ぐことは無くとも、他のクラスメイト達と遊びにも行かず、男の子と肩を並べていた事実は、一時間も経てば尾も鰭もダラダラと長く連なって、噂となっているだろう。
「あぁーあ……」
頭を抱えて佐和子は堤防に顔を伏せた。
にも関わらず、噂になるだろうもう片方は、涼しい声で佐和子に尋ねる。
「ねぇ、ササって?」
何を悠長に……今はそれどころじゃない、佐和子は『あんたのせいで!』彼を罵ろうと頭を上げた。が、そこには興味で大きく開かれた瞳が、零れ落ちそうな勢いで輝いていた。
―― もう……
呆れはしたが、怒る気は失せた。
「ササって言えばササでしょう。七夕のササよ」
「七夕?」
七夕と言われて何を問い返すのか、瞬時には解らなかったが、ハタと七枝は思いついた。
「あぁ、あんたん所は新暦なんやろう。こっちでは旧暦に七夕をやるんよ」
少年が不思議がっているのは、八月のこんな時期にササなど用意している事だろうと判断した。が、
「ふぅん……」
納得のいかないような相槌を打ち、続けて尋ねてきた。
「七夕って、どんなの?」
この地方の七夕がどんなものなのか聞かれたのだと、佐和子は思った。
「こっちではね、まぁ、都会と同じやと思うよ?
私がもっとこんまい頃はいろいろ違ぉたんやけど」
懐かしい、遠い昔の情景のようにも思えるが、それはほんの四・五年前までは実際に行事として行われていた光景。
玄関やら庭に願の短冊や、折り紙の輪を連ねた縄。金と銀の月に星。
右に彦星、左に織姫。
飾り付けられた二本のササを飾り、七夕様へのお供えはナスににがうり、スイカに桃。そして花ならヒマワリに白い夏の百合。
陽が傾き始めれば、子供達は各々色鮮やかな提灯を手に、先頭としんがりには年長の子供、挟まれるように他の子供達。一列を成して海に寄り添い、道をゆく。
誰かの提灯蝋燭が消えれば他の誰かから火を貰い点け直し、それを何度か繰り返しながらゆっくりと歩く。陽の暮れる頃に、沖に一番近くなる湾の突先に着くように帳尻合わせながら。
年長の子の掛け声に合わせて全員が沖に向かい口の中でひとことふたこと唱えながら、静かに海へ向かって提灯を投げる。
帰りは年長の子が持ち合わせた三個四個ほどの懐中電灯を頼りに、外灯の無い暗い海岸沿いを、わぁーっと恐さで駆け出したくなるのを我慢して皆再び、しずしずと歩く。
頼りない月が送る頼りない灯の中、揺れる淡い影を帰る、提灯行列。その先には冷えたスイカと花火が待っている。
朝になれば大人たちが見守る中、飾られたササが海に流され七夕は締めくくられる。
「でも、最近は夜に子供らだけでは危ないとか、環境がどうとか言うて、提灯行列も無ぅなったし、ササも流さんと燃やしてしまうし」
昔懐かしいと言うにはまだ若すぎるだろうけれど、急な時代の変化が胸を愁いさせる。
「そうか、あれが七夕なんだ」
「え?」
はっと我に返り少年を見やると、彼もまた遠い沖を見やっている。
「毎年、同じ頃になると色の鮮やかな丸いものや、飾りのついた木が流れてくる、あれが七夕なんだ」
「流れてくるって、あんたの所に?」
そう聞かれて少年は、歯切れの悪そうな返事をする。
「うん、僕の……住んでる? いや、とにかく、海に」
そう呟いてまた、遠い沖に視線を戻す。
少年の横顔が、白く淡く、あの頼りない月の灯に重なって見えた。
「悪いけど、私、帰らなきゃ。ササがもう来てるはずだし準備しなきゃ」
昨日はただ気味が悪いと思っただけの、少年の横顔が急に違うモノに見えてきた。
月明かりにゆらゆらと揺れる長い影。
自分たちの歩みに合わせてついてくる。
それは、子供心に不思議と魅惑的で、また反面、恐れと不安が同居する。自分の動きに合わせてそれは頼りなく動く。
最後の提灯行列をした年に、父は死に母子二人となった。
先の見えない不安と恐れを見破っているかのような、頼りない月の影。
あの少年の横顔は、あの月の影を思い出させた。
汗だくになりながら家の玄関に自転車をなだれ込ませると、小ぶりだけれど緑に輝く二本のササが並べて置いてあった。
青い香りを放ちながら、耳に心地よい葉擦れの響き。
ようやく、我に返って顔が熱くなってきた。
この近辺での七夕の風習を知らないだけなら、それを説明するだけで良かったではないか。それを感情あらわに感傷じみた口調で語ってしまったような気がした。
何故、身も知らない人間にあんな話を……
名前も知らない、どこの村の誰なのか、どこから来ているのか……
何も、知らない。
けれど、彼は知っている。
佐和子の名前。夏休みになればあの海辺に行き、時間の許す限り眺めている事を。
喉の奥に濁った生ぬるい感触が走り抜ける。
その一方で、耳元に残るハスキーな声の涼やかさ。奇妙に甘く香るような声色。
そういえば……佐和子は耳に掌をあてた。
あの甘い響きに、覚えがある。考えてみる。思い出そうと、頭の奥から胸の奥まで、体の中を流れるすべてを総動員させて。
あの男の子は、気持ちわるい。
けれど、もしかしたら、自分はあの少年を知っている……
山の中に溢れる青い蜜柑の馴染んだ香りが、佐和子の胸奥を支配するように流れ込んで、ようやくいつもの自分に戻った。
「あぁ、七夕の準備をしなくちゃ……」
昔のような情緒は失われたけど、それをする事で母親が喜ぶ。
そして自分も、気持ちが豊かになるように感じる。
もう懐かしいあの提灯の光景は無いけれど。
懐かしい、その感覚に胸をキュンと鳴かせながら。
明日も、きっと、あそこへ行けばあの少年に会うだろう。
聞きたい事、聞かなければいけない事がたくさんあるような気がした。
◆◇◆ 続くんだにゃ ◆◇◆
彼岸どころか作中で夏も終わりましたww
そして何もかも流されていきました(笑)
>やあさん
終わったにゃー(´▽`)
正体は兎か亡くした肉親友人
はたまた前世の思い人…
かなり視覚化された文章やから、どんどん先を読み進めたくなる。
次に行くねー!^^
ありがとーございます^^
でも現実の暑い盛りに暑い話書くと暑さが倍増しますぅ…
笹を二本立てる場合、本当は間に枝を一本渡して
その枝に旬の走りの野菜を吊るんですけど、
うちの母は何か凄い簡略して、織姫と牽牛よ~♡ ってやってますw
ちなみにうちの地方でも、普通は笹一本です(笑)
母が何か本で読み齧ったかした風習を自分流に真似ただけかと…w
と、いうわけで、ここではうち流のタナバタになっております(・∀・)
だってその方がロマンチックなんだもん~(マテ)
今夜おしゃけ呑まなかったら…続きUPできる…
えー(´Д`)
笹といったらカマボコですよー
酒のみには餅より練り物~
うちの方は仙台の流れを組んだ藩なので、仙台風に
八月七日が七夕になります~^^
本当の旧暦の八月十三日(今年w)でやっている地域は、
やっぱりお盆の含みもあったりするのかもしれませんね。
色んな風習があって、なかなか面白かったりします^^
そして田舎のノスタルジィには、一夜限りの不思議な事も…♡ですねー^^
旧暦、正確には現在使われている暦に対して、
月の満ち欠けをベースに日付を数えていた頃の暦を呼ぶので、
本当は毎年七夕の日は変わるんですが、今年だと八月十三日が旧暦での七夕になります。
だけど旧と新の暦での差がおよそ一か月あることから、旧暦風という感じで
八月七日に行う風習の地域も出てきた、ということです^^
うちの地元はこの『旧暦風』で、ずっとやってきているので、ここでもそうさせてもらってます^^
っていうか、話の展開がこれでないと不具合が出るというww
つまりま日本の中には、三種類の七夕の日がある事になります^^
七月七日は雨も多い時期なので、デートを逃した織姫と牽牛も、残り二回チャンスがあるというわけですね~^^
鹿児島では一本ですね。
いろんな七夕飾りがあるのですね(*^^)v
次回もワクワク…です(*^_^*)
>八月の旧暦七夕設定である旨を書き込み忘れた
今から書いとこう!うんw
今年の旧暦の七夕は、8月13日あたりみたいですね。
お盆の頃と重なるのが、なんだか意味深なような・・・
此方では七月七日の七夕のが盛んな気もしますが、
一方で、市外には、その地区ごとの「お祭り」の風習も残っているようです。
このおはなしにも、そんな田舎のノスタルジィを感じますね・・・。
そして郷愁には必ずといっていい、不思議な体験談ひとつふたつ、ついてくるものですよね・・・。
初めて知ったというか、これはほんまなんですよね、このならわしみたいなの実際やってる地域があるんですよね?
今もなごりのような形とかできっと?
( ̄Д ̄;)