◆ 海に宿る月 5
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/11 22:07:43
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=51021052 からの続きにゃ
◇◇◇◇◇
空から降ってくるかのような蝉の声が、湾の上で反響し合って更にやかましくなる夏半ば。
いつもどおりの朝。いつもどおりの産み。
一通りの家事を済ませて佐和子が外に出れば、道路を挟んだ向かいの産みで、村一番だろうと呼ばれる働き者のヨシ婆が今日も背中を丸めて網を縫っている。
いつもどおりに声をかけ、挨拶の二言三言を交わしてから自転車を走らせる。淡い水色のワンピースの背中がじんわりと汗ばみ、首筋を流れる髪が汗でうなじに絡み付く。
今夜空では、天の川を挟んで牽牛と織姫の物語が紡がれる。
七夕の話を聞いていた少年の様子では、もしかしたらまともに七夕の飾りなど見たことがないのかもしれない、佐和子は思った。
―― 都会では七夕の飾りなんか、せんのやろうか ――
あまりにも奇妙過ぎる少年の言動。
幼稚園にでも通っていればそこで経験のひとつもするはずだろうし、ちょっとした街中なら駅や公園、公共の場所でそうした飾りのひとつくらい出来るものだ。
―― もしかしたら ……
そういうものと縁の無い生活だったのかも、しれない。
そう思えば、同情のひとつも感じずにはいられなくなった。
堤防にちょこんと頬杖をついていた彼の横顔を思い出せば、夏の盛りだというのに陽に焼けた様子もなかった、華奢な白い肌。
病気か何かでずっと世間から離れた暮らしでもしていたかのような。
昨夜一晩ね佐和子は笹を飾りながら考えてしまった。
けれどもし病気だったにしても、家族がそうした季節の行事には敏感にならないだろうか?
入院していたのなら病院が療養の合間に何かしらしてくれそうなものだ。
緩やかなカーブを曲がって、堤防越しに聞こえてくる海遊びの子供たちの歓声。その声を正面から受け止めるように、道路に背を向けて堤防に腰掛けている白いシャツの背中。佐和子がキキッと自転車を停める音に、笑顔で振り向く、ここ数日ですっかり馴染んだ顔。
「やあ」
堤防脇に自転車を立てかけて、佐和子は唇の端をかすかに歪めた。
今さらだけれど、少年の言葉の端々が、耳馴染のない佐和子には少し恥ずかしく聞こえた。
―― 『やあ』て! 何? その挨拶は……気障!
自分の言葉使いが佐和子を戸惑わせている事など気付かない少年は、ぐっと弓なりに背中を倒して顔を近づけ、にっこりと笑った。
「どうしたの? 今日は何か気分でも悪いの?」
「ううん、別に……」
まぁええわ、と、正面から見つめてくる四川をかわしながら気を取り直し、少年から少し距離を空けて腰かけた。
何気に腰掛けたはものの、とりたて交わす会話も思いつかないまま、テトラポットの上に投げ出した足を所在無げにぶらぶらと泳がせる。潮騒と子供達の遊ぶ声が、二人の頭上で、背中から刺さるように降ってくる蝉の声とぶつかり降り注ぐ。
突然、少年が沈黙を破るようにクスクスと笑った。
「今日は佐和子の方から僕の隣に座ってくれるんだ」
「そういうわけじゃないけど!」
焦って何と返事したものかわからないまま、口が走る。
「そもそも、最初に私の居た場所に後から割り込んできたのはあんたやろう。別に隣に座りたくて座ってるわけじゃないけど!
でもあんたが居るからって私がここに座っちゃいけんことがあるわけないじゃない」
「うん」
捲し立てるような口調に少しも驚く様子を見せず、柔らかに彼は頷いた。
「うん、て……解ってるの? ここは私の場所やったのに、あんたのせいでこの何日か、ちっとも落ち着いておれんの……」
言ってしまって、後悔もする。こんな事を言いたいわけじゃないのに。
ふと、彼がどんな表情でこの文句を聞いているのか気になって、瞳だけで隣を向いた。と、同時に、頬に軟らかな緑が触れた。
「何?」
「うん、これ。佐和子が昨日笹の話をしてくれたから」
掌の長さほどの小さな枝に、五~六枚の細長い葉が、そよそよと風になびいている。
「笹? 七夕の?」
「うん。でも僕、笹に飾るものなんて何もないから……これだけ、これだけでも七夕って出来るのかなぁ」
はにかむように、少年の白い頬が薄く染まった。
つられて佐和子も耳まで赤くなってしまう。
しばらく沈黙して、佐和子は小さく答えた。
「……できるよ」
「そうかな?」
「うん。
あぁそうだ、良かったら夕方にでもうちに来さいや。
うちの飾りを分けてあげてもええし、お供えもちょっとで良かったらお裾分けできるけん」
「佐和子の家に?」
「そう、うちにおいでよ。折り紙もようけ余っとるし、これに会ぅたこんまい飾りを作ってもいいし」
少年のかざす小さな笹に手を触れた。と、同時に少年の細い指が重なった。慌てて手を引っ込めて、また早口になってしまう。
「うん、あんまり遅い時間やなかったら、夕方過ぎくらいやったらそっちに帰るバスもまだあるし」
少年は微笑みながらずっと聞いている。
「ちよっとやったら花火もやれると思うんよ。
何やったら近所の子ら誘って紹介してあげてもええし」
ようやく佐和子は落ち着いてきて少年の顔を見た。
目と目が合う。
「な? そうしぃ?」
「うん、ありがとう」
「じゃ、うちの場所分かるやろうか? そこのバス停から載って、三つ目の停留所で福浦ていう所やけん。
そこで降りてそのまんまバスの進む方に歩いてな、庭に百日紅の木が二本あるのが、うち。
白いのと赤いのが並んで咲いてる家やけん」
「サルスベリ?」
「うん。小さな花がたくさん集まって、手毬みたいにまぁるくなったんが幾つも木になっとるんよ。
木の幹はのっぺりしてて、つるつるの木」
こんな、こんなと両掌で丸を作って花の形を説明する。
「あの辺で紅白の百日紅植えとるの、うちだけやからきっとすぐにわかるわ。
それでも解らんかったら近所の人に聞いてもええけん、
……やから……」
「ありがとう」
話し続ける佐和子をやんわりと制して少年が口を挟んだ。
そして手に持っていた笹を佐和子に手渡し、
「これは佐和子にと思って。よかったら一緒に飾ってもらえないかな」
「私に?」
「うん。僕から、佐和子に」
差し出された笹をおずおずと受け取りながら、少年を見つめた。
少年も佐和子の目を見つめながら、「ありがとう」と囁いた。
「ありがとうて……貰ぉて、ありがとう言うのはこっちだわ……」
見つめてくる少年の瞳は自分を吸い込むようで、視線を逸らすことができない。
「ううん、誘ってくれたから。だから、ありがとう」
微笑んだかと思うと、少年は身をひるがえして道に降りた。
「ありがとう、佐和子」
そのまま振り向くことなく、緩いカーブの向こうに白い背中は消えてしまった。
「百日紅やけん! 白と赤の二本の百日紅がうちの目印やから。
ほんとに、ほんとに良かったらおいでよね!」
もう足音も聞こえない。堤防の上に立ち上がって手渡された小さな笹を頭の上で振り回しながら、カーブで消えゆく道の向こうに大きく叫んだ。
そして、もう見えない少年の背中を見送って、もう一度笹を見る。
「これも、飾ってあげよう。もしかして本当に来たら喜ぶやろうけん……」
◇◆◇ 続くんだにゃ ◇◆◇
何気に変換ミスが多いけど、これ書いた日はかなり疲れていたのでは?
あんまり無理せんようにね。
夏はただでさえ体力の消耗が激しいし、お年寄りの介護は神経をすり減らすものだよね。
え? それコタエちゃったらネタバレになっちゃう(^_^;)
夕暮れの女の子宅を訪ねる見ず知らずの少年って…問題すぎます~
この年頃の恋愛って、見てる方が恥ずかしいものがありますねぇ(^_^;)
淡い恋、いいなぁ(´▽`)
まだちょっと続くのです~ちょっと長くなってしまってごめんなさい~
人魚姫の逆バージョン…近いような、ふむふむ、なような(^_^;)
書き終わってみたら意外に単純な話でした…ww
今のうちに、その ゎくo(。・ω・。)oゎく に
ごめんなさいと言っておきます(^_^;)
中学生の佐和子ちゃん・・・淡い恋・・・
どうなっていくのかな・・・楽しみ・・・❤
でもウサギのりりちゃんたちのように彼岸に渡った命のような感じもするし、
謎は深まるばかり~