◆ 海に宿る月 10
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/19 21:44:57
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=51168491 からの続きにゃ
◇◇◇◇◇◇
ただ座っているだけでもじんわりと汗ばむ夏の午後。
「暑さ寒さも彼岸まで言うけんど、本当にエライんは盆過ぎてからの、この時期やなぁ」
腰を屈めて黙々と菜っ葉を間引くヨシ婆を手伝いながら
「それ、毎年言うなぁ」と佐和子は笑う。
「そしたら去年も言うたんやろぉか」ハハハと声を上げてヨシ婆も笑った。そして、
「そういえば今日は行かんでええんか?」
ヨシ婆の聞いている意味は解ったが、佐和子は聞こえなかった風で手を動かし続ける。
「どこぞから休みで来とる子やったら、もうじきいんでしまうんやなかろうかねぇ、寂しいこっちゃ」
「何でヨシ婆がそんな事……」
「今朝なぁ、用事であっちん方行ったら、ぽつーんと一人でおったけんな」
あの夜からちょうど一週間を数えていた。
夏休みが来る度、一日と空けず通ったあの場所に、もう一週間も行っていない。
「よっぽど大きい台風ん時以外、毎日行っとったろう。何ぞ喧嘩でもしたんか?
休みが終わって街にもんてしもうたら、話もでけんようになるんと違うか?」
―― 喧嘩やったら、ええんやけどね……
確かに、喧嘩ならどちらかが先に謝れば済むこと。しかし、見てしまったあの夜。
海から這い上がってきたのは懐かしいあの生き物。
ずっと追い求め探し続けた、りりちゃんによく似ている佐和子を助けてくれた生き物。いつか必ずもう一度会えると信じて、沖を眺め続けた夏の日々。
待ち続けるうちに、確かにあれはりりちゃんではないと思えるようになってきたけど、けれどもしかしたらりりちゃんが海の生き物として生まれ変わった姿なのかもしれないとも思ったりした
いつか会えたなら、たとえ言葉は通じなくとも、あの不思議な茶色い塊に向かって『ありがとう』と伝えたい。そう思っていた。
「来年もまた会えるとは限らんでなぁ」
手を止め思いに耽る佐和子に、さらりと言う。
「婆ちゃん!」
「何ね、大きな声だして」
「年頃の娘が知らん男の子と親しくしとったら、普通はええ顔せんもんやろ?」
「そういうもんかの」
ヨシ婆はまた、ハハハと笑った。
「そうよ、そういうもんよ」
佐和子が照れてしまったものと思って、ヨシ婆はそれ以上に言うのをやめた。
草むしりで曲がった腰を伸ばしながら立ち上がり、
「今日はもうええけん。ありがとうなぁ」
傍らで実っている茄子をもぎ取り、佐和子に向かって放り投げた。
「今年の野菜は良ぉでけた。いつも手伝ってくれてありがとうなぁ」
「うちこそ、いつも色々貰ぉて。今晩はこれ、焼こうかな」
顔をほころばせ、胸元に飛び込んできた茄子を抱え込むようにキャッチする。ヨシ婆は嬉しそうに眺めながら、うんうん、と頷いた。
「佐和ちゃんもおせらしゅうなったなぁ」
しみじみとヨシ婆が呟くのを聞き逃し、「え?」と振り返り聞き返したが、「いいや、何も」とかわされた。
暦では夏も終わりに差し掛かっているというのに、陽射しはまだまだ刺すように痛い。大きな台風の来訪も、これからが本番になる。
天気予報が次の台風を予測する。
「大潮と重ならんけりゃええが」
沖縄あたりに強い雨を降らせている台風に向かって、ヨシ婆が祈った。
「そっか、台風がまた来とるんやね」
テレビのキャスターが何十年ぶりかの豪雨になると、被害の拡大する恐れを口にしていた。
「明後日あたりからここいらも暴風圏内やなぁ、また浸水せにゃええが」
溜息をつくヨシ婆の家は、去年一昨年と続けて、床下に水が来た。畑も塩水が入り込んで、すっかりダメにされてしまった。だからヨシ婆は今、急いでいた。
大型台風の予報を聞いて、また畑がダメにされてしまう前に、生っている物は収穫してしまおうと、間引きなどしながら手頃に育った茄子と玉葱をかごに山のように積んでいた。
その中からまたひとつ玉葱を取り、
「くずやけど味噌汁にでもすればええ」
ぽんと手渡し、
「佐和ちゃんのお母さんがな、家の事ばっかりやらせてしもうて、普通に子供らしい事もさせてやれんかった、て言うとったで。
年頃の娘らしゅうボーイフレンドの一人でもでけたら、お母さんもちっとは安心するに」
「普通はそういうの、心配するもんやろ……」
ヨシ婆は母と同じ事を言う。佐和子の内心は複雑だった。
あの夜の光景が忘れられない。
あの夜から三日間ほど佐和子はずいぶん悩んだ。
確かにその目で見たあの光景を、現実の事だと思えなかった。
苦しかった。
盆に降りてきた見ず知らずの仏様が、戯れに見せた雨の夜の夢だとも思った。しかし時間が経つほどに、その光景はさらに鮮明に、鮮やかに蘇る。“夢”で片づけるには強烈すぎた記憶。
そしてやがて現実と受け入れた。
「そうだね、あの子が人間だったら」
恋心は芽生えていた。
あの夜がすべてを白紙に返した。
そして、ようやく辿り着いた。
彼が、りりちゃんだったのかもしれない。
けれど会いに行く勇気は無かった。
すべてが怖かった。確かめる事も、言葉交わす事も、顔を見る事も。
一方で少年は、いつもの堤防に腰掛けて、ただひたすら待っていた。
やはりあの夜、彼女は見たのだ。来なくなってしまった待ち人を想いながら、細い肩が不安で震える。
僕は、どんな風に見えたのだろう。
雲の間から覗いた月は、テトラポットの上に立った自分を充分に照らして見せただろう。けれど少年の方からは山の上からせり出した木の影が邪魔をして、カーブの向こうから覗いていた彼女の表情を知る事は出来なかった。
ずっと、ずっと待っていたのに……ようやく時が満ちて、会うことができたというのに。
自分の異形の姿を恐れて、もう二度とここには来ないかもしれない。
では、自分から彼女の住む村まで訪ねてみようか。
思い切って、彼女の家まで。
白とピンクの小さな花が幾つもの毬を作るように咲いている、二本の木が目印の家。そうだ、あれは確か、サルスベリという名前の木だと教えてくれた。
行くのは容易い。
けれど……
怖かったのは、彼女を訊ねた自分を見て、彼女がどんな反応をするかという事。
化け物と石を投げられるかもしれない。家の中に閉じこもって、顔も見せてくれないかもしれない。
これまでにも多々あった事だ。
親しくなって、つい気持ちが緩んで本当の姿を晒してしまった時の、人々の反応が記憶の中で蘇る。
怖い。会うのが。
けれど、会いたい。
来てほしい。この場所へ、いつものように。
来てほしくない。彼女の恐れる表情を確かめてしまいたくはない。
会いに行きたい。けれど……
ぐるぐると、佐和子の事ばかり考えてしまう。
こんな風に思ってしまうなんて……こんな風に、あの姿を知られてどう思われるか、怖いと思ってしまうなんて――
今まで出会って、恐れられて離れて行ってしまった人々に対して、ショックは受けた。傷つきもした。けれどその後、彼らが自分をどう思うだろうか、そんな事を恐れた事は一度も無かった。
「どうすればいいんだろう、僕はこれから、どうすれば……」
堤防の上で立てた膝の中に頭を埋めるように抱え込んで、涙が出そうな熱さを胸に感じる。
遠くの沖で、波が揺れた。
◇◆◇ 続くんだにゃ ◇◆◇
読んでくださってありがとう(´▽`)
彼は意外とそんなに突拍子もないと思います…(^_^;)
一体、何者なんでしょう?
佐和子は会いに行くのかな?
そしたら少年はどうするのかな?
どきどき★
んでも決断せねばならぬのです~
お話の展開の都合上…マテ
少年が過去にどういう経緯で人に接してきたか、次の次に書きます~^^
あと二回でやっと終わるヨー(´▽`)
……多分(^_^;)
少年って・・・過去にも人間とご対面していたのですねぇ~~~
佐和ちゃんだけかと思っていた・・・予想外です・・・(^_^;)
もしかして・・・ヨシ婆・・・少年と少女時代に出会っていたりして・・・??
でもって、忘れていました・・・少年の見られた不安な気持ち・・・(-_-;)
うむー、生け贄って、人間特有の自己満足の塊な儀式ですよね^^;
本来彼らはそんなもの求めてなくて、
ただ食物連鎖の一環で差し出された物を食べてただけなのかもしれないのに。
勝手に人間が恐れて勝手に差し出したのに、文献ではいつも恐れられる者になっちゃう。
そんな彼らにちょっぴし共感しつつ、こんな展開になっております(^_^;)
ウヒヒ(・∀・)
そろそろ少年の正体明かしに入ります~
上手く読みやすく書けてるかな…ドキドキ(^_^;)
神と崇められ、生け贄とか捧げられる存在だろうねえ・・・・
少年はずっと待ってたんやね。
幼かった佐和子を助けた時から・・・。