生まれて初めて「お金持ち」という人種を見たのは、
高校一年の頃だった。

それまでは、一般的な中流の家庭に育ち、
義務教育の校区内で生活していた子供にとっては、
同級生に「お金持ち」というのは、
いなかった（ように思う）

一億総中流といわれた時代だった。

高校の同級生にT君が、いた。
同じ部活、同じ目標で、趣味も同じ、
仲良くなるのに、時間がかかるわけがない。

すぐに彼の家に、招かれ、
遊びに行くことになった。

待ち合わせは、都心のど真ん中、
大きな有名交差点にあふれかえる人の波、
ここから、どこへ行くんだろうと思っていたら、
なんと、彼の自宅そのものが、そのすぐそばのビルの一棟、
その上層階ペントハウスから３階したまで。
あとは、商業施設で美容院、理容院に高級毛皮店まで含まれて、
すべて彼の両親の経営だった。

家には、お手伝いさんが当然いて、
すべての部屋は、洋風・靴はいたまま上がり込むヨーロピアンスタイル、
冷蔵庫には、いつも食べるのにも飽きたマスクメロンが転がっていた。

念のために、申し添えるが、
わたしと彼は、友人以外の何の関係でもない。
友人としては、最高だったが、
ボーイフレンド、ガールフレンドはお互い、別の人がいた。
だけど、よく一緒に遊んだ。

初めて見た「お金持ち」の生活に、
いささか戸惑ったこともあったが、
今までの、わたしの生活域にない「お金持ち」の生活を見て、
世の中には、いろんな暮らしをする人がいるんだなあと、
まじまじと考えたものだった。

日本のお金持ちには、
その後、理解できる程度に慣れることができた。

どこか似たり寄ったりで、
せいぜい日本庭園に、東屋風の茶室があり、
会社をいくつか経営しており、
車がベンツというだけだ。

・・・
さておき。
わたしも人生を重ねるにあたって、
しばらくハワイに住んでいたことがある。
ハワイは４年ほどだが、
生活していると、ハワイアンのようになるから不思議。

ある夜、仲のいい友人に、
ハワイの治安の悪さを嘆いて、
「せっかくここに住んでいるのに、
椰子の木蔭に縁どられたオリオン座の空の下、
太平洋に裸で浮かぶことができない・・・」と、呟いた。

するとその友人は、
「そうか、夜の海で泳ぎたいのだな。
それだけの話だな」と、まるで大したことではないといった風で、
わたしを車に乗せて、
家へ帰るというのであった。

（念のために、また、言っておくが、あくまでも同性の友人。）

なんとそれまで気にも留めなかったが、
彼女の家は、ハワイでも有数の高級住宅地カハラ地区だった。
いつも遊んでいるときは、
彼女は、国産（アメリカ国産）のビューイックだが、
ガレージには、ベンツ500をはじめ、リンカーンやジャグアーがずらりと並んでいた。
庭には、2羽ニワトリは・・・いなかったが、
グリーンのテニスコートが2面あった。
エントランスの噴水は、
誰を迎えるために、24時間、こんなにゴージャスに吹き上がっているのであろう。

「泳ぐのは、海がいいんだな、プールじゃなくていいんだな」
友人の声で、我に返るまで、
自分がまるで、映画の世界にいるみたいだった。

世の中には、上には上があるという・・・
そんな、あたりまえの話だが、
上には上の世界を、垣間見てしまうと、
その上というのが、
どれほど高い上なのかと
・・・山のあなたの空と多く、
幸いすむと人の言うアンドレ・ジッドのようなため息をついてしまう。

べつにお金持ちにあこがれるわけではない。
事実、わたしたちが遊びまわるのは、
いつも（その国の）国産車（しかも中級の）で、
自分たちのキッチンを使い、酒の肴を作り、
カラオケで盛り上がるくらいだ。

つまりフツーだ。

一つだけ、分かったことがある。
本当のお金持ちは、けっして前には出てはこない。
ましてやテレビの「お宅拝見」には出てこない。
どこのだれとも分からないように、
フツーに静かに暮らしている。
アラモアナでバカなブランド漁りはけっしてしない、
シャネルやエルメスが、
裏口から「ごめんください」とやってくる。
それで買い物をしたとしても、
クローゼットに放り込むばかり。

フツーに、
フツーの格好で、
フツーに人生を悩んでいる。

だから、使う以上のお金があっても、
使わなければ無いのもいっしょ。
必要ないので、ないのといっしょ。
つなり、フツーのお金持ちは、
フツーの人とほとんどいっしょに、
フツーの感覚で暮らしている。

フツーに暮らしていくならば、
お金持ちになる必要もない。
フツーでいいじゃん。
わたしは、それでいいと思う。

（まあ、友達んちにプールがあれば、夜でも泳げていいけどさあ）