「契約の龍」(93)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/12 15:14:17
国王の「静養休暇」が、ただの口実ではなかった事を知らされたのは、学院へ戻って数日が過ぎてからの事だった。休暇に先立つ数日前、執務中に倒れた為、定まった行事が予定されていない今、静養休暇をとった、という事だ。
その情報がもたらされたのが、学長からだけでなかった、という事は……関係者にはかなり広まっている事実なのだろうか?
「…いや、その場にいた者には、箝口令が布かれた。……俺はたまたま「その場にいた者」だったので。知ってるのは、医者も含めて十人そこそこ、だと思う」
…また都合よくその場に居合わせたものだ。
「で、どうしてそんな情報を俺の耳に入れる?箝口令って言うのは、他言無用と同義じゃなかったか?」
「そこから他所に広まらなきゃいいのさ。おまえってば、口の堅さは石像並みだから。そういう事に関しちゃ」
備品の在庫チェックをしながら、寮長がしれっと答えた。談話室の椅子が壊れたので、そのついでにあるべきものがあるべきところにあるかを台帳と突き合わせながらチェックしているのだという。通りかかったところを、「ちょうどいいから手伝え」とばかりにつかまってしまったのだが、真意は別の所に在ったらしかった。
「そりゃ拡大解釈だろう。第一前半の答えになってない」
「…そうかな?理由が判らない、って言い張るならそれでもいいが、ちゃんと解ってるんだろう?…それよりも、何か言う事は?」
「…ああ…教えてくれて、どうもありがとう。それから、気を遣わせてすまない。…って俺が言うべき事でもないと思うが」
「……違いないな。だが、彼女とは面識ないし」
「……そうだったか?」
「そうだとも。…少なくとも、向こうは覚えちゃいないようだ」
…ナイジェルの件があって以降、ちょっと警戒しすぎだったろうか?
「…別に含むところがあって言ってる訳じゃないからな。深く考えずに、作業を進めろ。消耗品はしょっちゅうチェックが入るが、備品の方はしょっちゅう持ち出されるんで、チェックが行き届かないんだ。年度末の総点検で、台帳と齟齬があったら……」
「…あったら?」
寮長は卒業年次生がなる事になっているので、総点検の時には、こいつは学内にいないはずだが。
「卒業した後延々揶揄されるんだぞ。「ちゃんと仕事が全うできなかった奴」って」
「誰に?」
「歴代寮長に、だ。うちの親戚にも、一人いるんだ」
そうかそうか。やっぱり引き受けなくて良かった。
「それは気の毒に。…でも、それだったら、もっと後の時期にチェックしといたほうがいいんじゃないか?」
「いや…卒業認定試験の後、ちょっと実家に戻るんでな。実家の方でも雑用があれこれあって、こっちの雑用に充てる時間はあまりとれないと思うんで」
「…ああ、いろいろあるんだったな。来年の今頃は、こうして口を利く事もない訳だ」
「どうだかな。先の事は分からんだろ?…チェックは終わったか?」
まだ終わっていないが、すでに妙な点がいくつか。
「…脚立が一つ足りない。貸出台帳に記録もない」
「…何だとぉ?」
「あと、持ち主不明の工具箱がいくつかあるんだが…ここに置くように指示した覚えはあるか?」
「いくつかって?」
「…ここに」
寮長を手招きして、工具箱の山を指し示す。いくつかには、工作室の備品であることを示す印が付いているが、それだって、ここに在るべきではない。他にも、ここに在るべきでないものがいろいろと。
「脚立はともかく、これは新入りの仕業だろうな」
「説明責任が問われる事態だな、寮長」
自室をどれだけ改造しようが、退去時に原状回復できれば、注意されることはない。しかし、その代わりに「『名札およびそれに準ずるもの』を自室ドアに掲げる」以外に、私物を自室外に置くことは禁止されている。
その日の夕食後、新入生が全員集められて、寮長が備品の使用ルールと、「倉庫に自分の私物を持ち込まない事」について、寮長があらためて説明したのは、言うまでもない。
国王が倒れた件については、クリスには内密に、との事だったので、学長からは詳細は知らされなかった。だが、寮長が言う事によれば、胸を押さえて倒れた、との事だったので、おそらくは心臓あたりだろう、と見当がつけられた。だが、それ以上の事は判らなかった。
…ところで、心臓に不安のある人間が、あんな長旅していいものなのか?
今日はここまでww
これからも楽しみにしています♪