11月自作/お題:紅葉 『染まる季節へ』
- カテゴリ:自作小説
- 2013/11/22 21:23:06
秋が嫌いだった。
徐々に変わりゆく山の景色は、何ものかにのっとられた世界のようで、恐ろしかった。
家の裏の、緑たわわな小道も枯れた色で埋め尽くされ、鳥がよちよちと歩く音すら、落ち葉の下に何かが隠れているような奇妙に乾いた音になって、気持ちが悪いといつも思った。
富美は窓の外を眺めながら溜息を吐く。
庭いっぱいの畑も、自分達が食べる為に作られているはずなのに、この季節が来ると両親は、少し離れた渓谷へ売りに持って行ってしまう。
みずみずしく光る野菜がどんどん減り、サラになってゆく畑を見るのは悲しい。
けれど本当の悲しい理由は、いつも畑か家に居てくれる両親が、この季節限りで開けている渓谷の土産屋に行ってしまい、独り家に取り残されるからなのだと、気付いている。
とはいえ、何度頼んでも両親は富美を共に連れて行ってはくれない。せめて土産屋を手伝わせてくれれば、こんなには寂しくならないのに。
寂しさのすべてを紅葉のせいにして、気を紛らわせるしかなかった。
それに、紅葉は続いて冬を呼ぶ。
冬眠や餌の少ない越冬を前にして、山の獣が駆け巡る殺気立ったような声を上げるのも恐ろしかったし、雪が降れば、この山間の隅にある小さな我が家は近隣からすらも閉ざされるのだ。
他の季節なら、自転車で小道を駆け下りて恋仲の清司の元へゆく事ができるのに、雪が降ればそれもままならない。
電話で互いの声を伝え合うのみの、恋人を引き離してしまう閉ざされた冬。
そのはじまりの合図を叫ぶかのように色づいてゆく山の景色が、富美は大嫌いだった。
「うちゃぁ自給自足農家やけん」
家で待つ富美に、いつも父は言って聞かせる。
紅葉の季節はこの家族にとって唯一の現金収入の場で、田畑で作れない肉や魚、そして洋服など暮らしに必要な物をすべてこの季節の収入でまかなわなければならないのだ。
両親が買って来てくれるささやかな土産の菓子を、判りの良い顔で受け取り、口の端だけで笑って「ありがとう」と言う以外、もう何も言えなくなる。
清司の家も同じ農家なので、この季節は彼も忙しく、会いに来てくれる事は難しくなる。
あと何年、こんな思いを抱えたままでこの季節を過ごさなければならないのだろう。
秋。
富美は溜息が、止まらない。
寂しい暮らしに、変化は突然訪れた。
紅葉の渓谷から帰ってきた両親の土産が、その年初めて、菓子ではなくなった。
初めて見るおしろい。
初めて見る紅。
「どうして?」
と聞けば
「清さん清さん言いよるけん、今度の春にゃぁべっぴんさんになって会えるよう、そろそろ準備せんとなぁ」
母の言葉に、自分がこの家で過ごす最後の冬となるのだと、富美は気付いた。
ひとつひとつ集められる化粧品は、きれいな飾りの缶箱にしまわれ、時折出しては眺められ、ひとり家で待つ富美の気持を明るくさせる。
紅葉が終わって両親が土産屋をたたんで戻ってくれば、母から使い方を教わる約束だ。
山を染めゆく紅葉が、美しいと初めて思った。
庭の楓が燃える色の葉を、ひとひらひとひら落とし始める。
木にはもう数えるほどしか葉は残っていない、この夜だった。
この葉がすべて落ちれば、この化粧品を使う日がくる。撫でるように小箱を抱きしめる富美の部屋の窓を、小さく叩く者が居た。
「清さん」
畑仕事で浅黒く焼けた逞しい青年が、白い歯を見せてにっこりと笑う。
「来てくれたんやね、嬉しい。
ねぇ清さん見てやんさい。母さんが買ぉてくれたんよ」
春になったらこの紅を塗って、清さんに嫁ぐんやね」
富美は窓ガラスに指を這わせて、向こう側の笑顔に向かって声を弾ませた。
清司の後ろに聳える山々は、燃える赤から冬の準備を始めるくすんだ色に染まり始めている。
「私も、この紅をぬって、花嫁の色に染まるんやね。
それからは、清さんが妻に染めてくれるんだわ。
待ち遠しいわ……」
待ち遠しい、待ち遠しい春。
にっこりと微笑む清司の後ろで、最後の楓の葉が落ちた。
「冬さえ待てんかったかぁ」
「せっかく買ぉた紅も、とうとう使えんかったねぇ」
窓に寄り添い冷たくなった富美を布団に横たわらせながら、夫婦はぽつり話しだす。
「せめてきれいに化粧して、遺影の為のお写真を撮ってあげたかったんに、ねぇ」
「清さん清さんて、早ように死んだ親父の名前ばっかり呼びよったけんな。
そろそろ親父が呼びよるんやろうて思った矢先やけんなぁ」
「最後は、息子のあんたの事も忘れてしもうて、私ら親になってしまっとったね」
妻の言葉に困ったように夫が笑う。
「けんど……」
「あぁ」
「化粧なんぞせんでも、きれいなお顔で逝きましたねぇ」
「親父と結婚する前の、いちばん楽しかったろう娘時代に戻っておったからな。
見てみぃ、娘のような顔で笑っとるわ」
「すっかりボケてしもうて。
けんど、幸せなボケ方やったねぇ、お母さん」
惜しむらくは、年に一度の現金収入のために出かける夫婦を、『ひとりで家におるのは寂しい』と、すがるように見つめる老いた瞳に応えてやることができなかった。それだけだろうか。
すっかり裸になった庭の楓を見つめて夫婦は、
「それにしても、ええ季節に逝ってくれましたねぇ」
「あぁ、寒ぅもない、暑ぅもない、ええ時期に逝きおったな」
今頃は、晴れて結ばれた初めての頃のように、手と手を取り合い互いを染めあっているのだろうか。
寂しい寂しいと呟き続けた紅葉の季節は過ぎて、聳える山も越えた遠い空で富美の暖かな冬が、始まる。
今回のはまぁまだ家族さんにとって楽なケースですねぇ^^;
大変な場合は本当に家でなんてみられませんから、
ある意味理想ですね^^
あたしも家族や周囲の人に迷惑かけないボケ方をしたいもんです^^
読んでくださってありがとうございました♡
なるほど、ぼけていたのかって、でもこんな風に幸せにぼけて死んでくれるなら、本人は良かったのだろうかなぁ?
実際に、親戚に認知症の人がいまして、きょうもその話をしに我が家にきてたんです。
なので、ふと考えてしまいました。
認知症で『どこに戻るか』ってかなーり興味深いですよねぇ
本人さんが幸せだった頃に戻ればいいけど、
そうでないケースも少なからずあるので、
できれば幸せな頃に戻っててくれると介護も気分的に楽なんですけど、ねぇ(^_^;)
20回リピート、忍耐力が今試されておりますね! ふぁいと!
娘時代に戻ってるのが、せつない…
最近、認知症の義父が子供時代の話を生き生きとしてくれます。
20回リピートくらいで…そのうちパラレルワールドに入ってしまったら…と考えると、、怖いです。
幸せな気持ちで、日々すごせるのがいいなぁ!
読んでくださってありがとうございます~(´▽`)
富美さんを色々想像してくれてありがとう♡
やっぱり長く生きたお年寄りには幸せな最終を迎えてほしいものです^^
あたしはボケたら誰の名前を口にするのかなぁ…
今からドキドキww
せっかく長く生きたのですから、
最後は幸せにしめくくりたいものですね^^
こういう話を考えるたびに、
私は穏やかに逝けるのかなぁって思います(^_^;)
読んでくださってありがとうございます~(´▽`)
認知による記憶の逆行が上手く表現できてればいいなーと思います(^_^;)
どうせ忘れていくなら、辛い事はすっかり忘れて
一番幸せだった頃に戻れるといいですよね^^
読んでくださってありがとうございます~(´▽`)
眠るように死ねるのは、
苦労して長生きしたお年寄りへのご褒美ですよね~^^
私もこういう徳のある逝き方ができるかしら…(^_^;)
読んでくださってありがとうございます~(´▽`)
こういう結末でつか・・・
いい 死に方だね~
うらやましいよ富美さん!!
おまけ・・・・
ゆきが ボケて知らない男の人の名前を呼んでいても知らんふりしてあげてくだしゃいね!!
かなり切ないお話ですが、
最後の「 寂しい寂しいと呟き続けた紅葉の季節は過ぎて、聳える山も越えた遠い空で富美の暖かな冬が、始まる。」の文章でとても、生を全うしたおばあさんだと思いました。
年をとると新しい記憶から忘れていき、古い記憶が蘇ってくると聞いたことがあります。
そして、それが現実になっていくのでしょう。
山の中には、お年寄りだけになった集落が多い中、息子夫婦に看取られて亡くなる幸せな老婆だと思いました。
秋の風景に照らされてよく書かれていたと思いました。
娘さんに戻って幸せに、嫁ぐ気持ちで逝ったのね。
残された者にも、幸せを分けてあげられる死は優しいですね。
素敵なお話でした。
ありがとう^^
走馬灯って、ちょっと悲しげな印象があるけど
それがお迎えだと感じ方が変わるような気がするんです^^
読んでくださってありがとうございます~(´▽`)
その高まりを思い出して死ぬということは
走馬灯をみるよりも幸福な一瞬だと感じました
読んでくださってありがとうございます~(´▽`)
微笑ましく思ってもらえたなら、書きたかったものがちゃんと書けたのかなぁと
嬉しいです~^^
あたしもこういう死に方したいけど、無理だろうなぁwwなんちゃってw
読んでくださってありがとうございます~(´▽`)
清々しく思っていただけたのなら、自分の狙いがちょっとはうまく表現できたのかなぁ、と
嬉しく思います^^
それにしてもあたしの書くものって、年寄と子供率高すぎww
いぁいぁ、あのばーちゃんとは全く何の関連もないフィクションでございます~(^_^;)
認知症の方の物の見え方とかとらえ方をちょっと頑張って散らしてみました。
でもやっぱりなかなかうまく書けませんねぇ…(^_^;)
家族さんをもっと登場させる事ができれば、もちっと良くなったかなぁと思います(^_^;)
読んでくださってありがとうございました~(´▽`)
読んでくださってありがとう~(´▽`)
認知症が「贈り物」になるか「罰」になるかは
症状の出方次第なのですけど、出来る限り「贈り物」になってくれると嬉しいですねぇ
たいていは、本人さんには「贈り物」で、家族さんには難しい話なのだけど、
そういう家族さんの辛い気持ちも書ければ良かったなーと、
ちょっと思ったり思わなかったり…うにゃうにゃ
読んでくださってありがとうございました^^
うーん、やっぱりちょっとわかりづらかったですかぁ(^_^;)
場面転換が上手く表現できずに…うにゃうにゃ
多分似たようなテーマでこれからも書き続けると思うので、
今後精進するよう頑張りますね^^
冬に向かう季節の物悲しいお話なのですが、どこか微笑ましかったです。
そのわりに清々しさが読後に漂うのはなぜ…
この物語のようにきっと穏やかで品のいいお婆さんだったんだと、想像しました。
周囲と接点が持ちにくいパラレルに入りこんでいるのかもしれないけど、
いい時間をまっすぐ生きてきた人なら、そんなに孤立感で混乱することもないでしょうね。
対岸に渡ることが怖くなくなるように、やわらかい気持ちで旅立つことが出来るようにってね・・・^^
仲のいい御夫婦やったんやろね。
でも、悲しさは伝わってきます。
私も小さい頃、両親が働いていたので、昼間親がいないというのは寂しいものでした。
これが山村だと、寂しさの程度が違うでしょうね。