Nicotto Town



血の日曜日 (中篇)


11月23日(土曜日) 東京

私は占い師の空野瑠奈さんについて行ってすぐそばにあった小さな公園に入った。

公園の中に入ると空野瑠奈さんは、振り返って私と向き合った。

彼女の背後には52階建てのアウルタワービルが夜空に向かって聳え建っている。

「両手を出して私の手を握って」

瑠奈さんが両手を差し出して言った。

何かこんな宗教だか何かの会があった様な気がしたけど、私はとりあえず
何も考えない事にして言われた通りにした。

「目を瞑って、それから私の手の感触に意識を集中して」

目を瞑った。

相手が女の人だと言っても向かい合ったまま目を瞑っていると言うのは何だか
ドキドキする。

20秒か30秒位たった時、周囲の街中の雑音が切断された様に瞬間的にずれて
肌に感じる空気がいきなり冷たくなった。

そのあと両手に瑠奈さんに手を握られている感触が無くなっているのに気がついた。

私は目を開けたが、目の前には誰もいなかった。

目の前には公園の上に夜空が広がっているだけだった。

目の前にアウルタワービルが見えていた事を思い出すまでにすこし時間がかかった。

何が起こったのか、よくわからないままに周囲を見回した。

右手に見えていたエアライズタワービルも見えなくなっている。

後ろを振り返るとサンシャイン60ビルが聳え建っているのが見えた。

・・・

11月24日(土曜日) 東京

スパーリングの後、ジムのシャワーを使わせて貰って、それからバッグを
持って、帰りの挨拶をする為にリングサイドの方に行った。

「鈴木クンが来てくれると、ウチの井沢も勉強になるよ。・・・また来週もよろしく
頼むよ」

リングサイドで、練習生のシャドーを見ていたトレーナーの石原さんが言った。

井沢クンはロードワークに行ったのか姿が見えなかった。

ジムを出ると外はもうすっかり暗くなっていた。

僕は買い物客や、仕事や学校帰りの人が行き交っている商店街を
国鉄の駅の方へ向かって歩いて行った。

途中、レコード店で、レコードを見て行こうかと思ったけどまたにする事にした。

国鉄の駅から山手線で池袋まで行って、それから赤羽線に乗り換えて
十条まで帰った。

家に帰る途中、腹が減っていたので篠原演芸場の手前にある中華店で
ラーメンを食べて行く事にした。

他の店だと大体350円くらいするけど、ここだと280円で食べられる。

ラーメンを食べた後、マンションの2階にある家に帰った。

ドアを開けて誰もいない家の中に入った。

艦艇勤務の海上自衛隊幹部である父は、今航海中で留守だし、母は静岡県の
掛川市にある実家に用があって帰っていて火曜日まで帰って来ない。

家の洗濯機が壊れていて、近くのコインランドリーに洗濯しに行かなければ
いけない事を思い出したが、とりあえず居間で横になった。

疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまって、目が覚めた時には
夜の10時を過ぎていた。

洗濯は明日にしようかと思ったけど、今日の内に済ませようと思って
僕は大きなバッグに洗濯物を入れて家を出た。

冷え込んで来た夜の道を歩いて、篠原演芸場のある通りに出て十条駅の
方に向かって歩き、途中で左に曲がった。

サンチェーン(コンビニ)とその向かいの、もうすぐ閉館になるオンボロのポルノ映画館を
通り過ぎて、その少し先にある小さなコインランドリーに入った。

コインランドリーの中の洗濯や乾燥が終わるのを待つ休憩スペースの様な
所に、僕と同じ歳位に見える少女が椅子に座ったまま眠っているのか
小さなテーブルにうつ伏せになっていた。

コインランドリーの中の洗濯機や乾燥機はどれも回っていなかった。

(こんな時間にこんな所で一体何をしているんだろう?)

僕は気になりながらも、大型の方の洗濯機に洗濯物と洗剤を入れて
200円を入れて洗濯機を回し、中で待っているのも気まずいので
外に出た。

一度家に帰って、またすぐ出て来るのも面倒なので、駅の反対側の
アーケード商店街をブラブラしたりして30分ほどしてからコインランドリーに
戻った。

少女はまだそのままの状態でいた。

僕が洗濯の終わった洗濯物を取り出して乾燥機に移し変えている間
少女が顔を上げて僕の方を見た時、目が合ったけど、どちらも
何も言わなかった。

僕はその時内心、少し気難しそうだけど可愛い顔立ちをしていると思った。

乾燥機を回してから再び外に出て、寒いので自動販売機でホットの缶コーヒーを
飲んだりした後、30分後にまたコインランドリーに戻った。

少女はまだそこにいた。

テーブルからは顔を上げていたが放心した様にぼんやりとしている。

僕はそちらには関心を向けない様にして中に入って乾燥機から洗濯物を
取り出し始めた。

「ねえ」

と少女が言った。 僕は振り向いた。

「あなたは高校生?」

と、少女が尋ねた。たぶん洗濯物の中に学校の体操着があったからだろう。

「そうですけど」

相手の年齢がはっきりわからなかったので、僕は丁寧に答えた。

「3年生?」

少女が体操着のネームを見て言った。

「そうです」

「じゃあ、私と同い年だね。・・・高校生なのに一人暮らししているの?」

僕は簡単に事情を説明した。

「ふーん、そうなんだ」

少女がそう言った後、そこで会話が途切れた。僕はその間に乾燥機から
取り出した洗濯物をバッグに入れ終わった。

「ねえ、手品を見たくない?」

唐突に少女が言った。

「手品?」

僕はよくわからないままに彼女の顔を見た。

「ねえ、あなたに手品を見せてあげる」

少女はそう言って僕の方に近寄って来た。なぜだかはわからないけど、彼女の
態度や表情には何と無く奇妙な必死さが感じられた。

彼女は左のポケットから、何かを取り出してそれを握って見えない様にして
左手のこぶしを僕の顔の前に突き出した。

彼女がこぶしを開くと手のひらの上に500円硬貨が桐の描かれている面を
上にして載せられていた。

彼女は左手のこぶしを再び握り締めた。

「10数えてみて」

少女が言った。

「1,2、3,4、・・・」

僕は10までの数を数えながら、彼女の握り締めたこぶしを注視した。

握り締めている500円硬貨が消えるのだろうかと思った。

「・・・8,9、10」

僕が10数え終わると彼女はこぶしを開いた。

こぶしの上には相変わらず500円硬貨が載ったままだった。

何秒かの静止した沈黙が流れた。

少女は500円硬貨を載せたまま、手のひらを僕の方に差し出した。

「この500円玉をよく見てみて」

少女が言った。

僕はその500硬貨を手にとって眺めてみた。

桐の描かれた上の部分に(日本国)の文字があり、下の部分に
(五百円)の文字がある。

硬貨を裏返してみると500と描かれている0の中が変に汚れているのに
気付いたがよく見ると無数の細かい線が刻まれている様にも見えた。

その下にある発行年月を見てしばらくすると僕は体が硬直するのを感じた。

平成(へいせい?)十八年?

僕は思わず少女の顔を見た。

「あなたが10数えている間に(未来のお金)に取り替えたのよ」

少女はそう言って僕の表情を窺うように微笑んだ。

暖房器具の無い、コインランドリーの中の寒さが急に気になり始めた。

アバター
2013/12/14 11:26
未来の500円硬貨
主人公も未来にきてしまっている?
いやはや…
アバター
2013/11/30 15:38
消えてしまった占い師。
手の中に握ったお金を未来のものに取り替えてしまうことができる少女。

なんとも不思議な展開ですね・・・。



月別アーカイブ

2022

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011


Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.