12月期小題「雑踏/背中」
- カテゴリ:自作小説
- 2013/12/27 07:59:18
今日が大晦日という丑の刻、米問屋が火元となった火事は、隣家と裏長屋を焼いたものの未明には鎮火された。
深夜の火事にも関わらず小火で済んだのは、風が無かったことも幸いしたが、何より、先年に整えられた町火消しと住民たちの素早い対応のお陰だった。
それでも、延焼を防ぐために潰された家が焼けた家の倍もあり、お救い所(避難所)として開放された水天宮は、焼け出された者や手助けに立ち回る者の人波でごった返していた。
「大丈夫か。ほら、負ぶされよ」
路地にしゃがみ込み、惚けた態で焼けた家を見ていたお咲の目に、“は組”と描かれた半纏の文字が飛び込んできた。半纏は煤にまみれている。
お咲は、向けられた背中にしがみつくと、ゆっくり遠のいていく家をじっと見ていた。だが、家が見えなくなった途端、ふいに涙が溢れ、掴んだ半纏の襟をぎゅっと握り締めた。
「今のうち泣いときな。でもお救い場じゃ泣いちゃいけねえぜ。みんな我慢してんだからよ」
穏やかさの中に凛とした響きのある声音にお咲は、「うん」と呟いて涙を呑み込むと、もう一度ぎゅっと半纏にしがみついて背中に頬を埋めた。
涙に洗われた“は組”の赤い染め抜きが浮かび上がる代わりに、お咲の顔は真っ黒になった。
相変わらずお救い所(避難所)はごった返している。背中越しのお咲にも鳥居を出入りする人の群が見えた。
「お兄ちゃん、あたいもう大丈夫だよ。ありがとう」
お咲は、鳥居の手前で降ろしてもらうと、こくりと頭を下げて改めて男の顔を見直した。顔は半纏よりも真っ黒で、声音と背中から年上の若い男であるのは分かっていたものの、一体いくつ位なのかすぐに分からなかった。
「お兄ちゃん、ちょっと待って」
お咲は、懐の手拭いを防火用水の残り水にひたすと、男の顔を丁寧に拭いてやった。
お咲に顔を拭いてもらった男は、にっこり微笑むと、逆にお咲の顔を拭いてやった。今度はお咲が微笑みを返した。
「俺は“は組”の小吉ってんだ。俺はこんなことっきゃできねえけど、とにかく元気出せよ。つれえだろうが負けんじゃねえよ。じゃあな」
小吉は、こう言って来た道を足早に戻って行った。
お咲は、手にした手拭いをぎゅっと握り締めながら、いつまでも小吉の背中を見つめていた。胸前で握った手拭いから冷たい濁り水が滴った。だが、水の冷たさよりも小吉の背中の温もりをお咲はいつまでも思い出していた。
-おしまい-
現代より遥かに自然に即した生活をしていた時代なので、たとえ火事を「華」だと見栄を張った江戸っ子でもきっとこう言っただろうと思いました。
の後半の台詞がよかったです。
絶望的なとき、自分でもやれることがあると気が張って立ち直れます。
やさしさとほんの少しの厳しさのバランスが良い人だと思いました。
やあさん、テレます・・・^^
かいじんさん、誰でも励まされることが活力になると震災で学びました。「叱って伸びるなど特殊な人間だけ」と私は思います。
お正月を前に、潰されてしまった家々。
小吉さん、素敵な方ですね。
今のうちに泣いときな、のくだりにきゅんとしてしまいました。
泣くなというよりも、ずっとやさしい方ですね。
辛い出来事を扱ったお話なのに読後感がとてもあたたかいのはBENクーさんの実力ですね。
転載先「小説家になろう」で更新日当日110アクセスを記録。ここでは40で優と考えています。たくさんの皆さまから支持されましたね。おめでとうございます。
鋭い!・・・この小編は長編の一部抜書きです。^^
何だか、この先を読みたくてたまりません。
火事で焼け出されたお咲が、この先どうやって生きて、
人を愛してゆくのか、気になります。
掌編は一瞬の出来事をどう描写するかですよね^^
【気になるところ】
11行目/>穏やかさの中に凛とした響きのある声音に、お咲は「うん」と呟いて涙を呑み込むと、もう一度ぎゅっと半纏にしがみついて背中に頬を埋めた。
⇒お咲は、「うん」と呟いて……
作文・リポートとは違う小説の約束事でしてね、これだけ注意しましょう。地文は毎度素晴らしいです^^