Nicotto Town



土曜日の夜と日曜日の朝 (後編)

          (2)

・・・・

暗闇の部屋の中でぼんやりと目が覚めた。

窓の閉めたカーテンの隙間から見える外は冷気に包まれた静寂の闇が
広がっている。

新聞配達のバイクの音が途切れ途切れに聞こえた。

徐々にはっきりして来る意識の中で今日が日曜日である事、今、両親が家にいなくて
家に僕一人なのを思い出し、それから昨晩の出来事を思い出してはっきりと
目が覚めた。

ベットのそばにある目覚まし時計は5時51分を指している。

僕はカーテンの隙間からのぞいている暗闇を眺めながら昨晩の出来事を
思い返してみる。

それは唐突に訪れた非現実的な出来事だったが、紛れもなく現実に起こった
出来事だった筈である。

その記憶が正しい事を証明しようと思えばベットから出てドアを開けて居間の方に
向かって行けばいい。

そこには、2013年からやって来たという福沢加奈がまだたぶん布団の中で
眠っている。

結局、どこにも行く場所の無い彼女を取り合えずウチに連れて来た。

彼女はひどく疲れきっていたのでとにかく休ませる事にした。

そんなこんなで僕は自分の部屋でベッドに入ってもなかなか寝付く事が
出来なかった。

僕はトイレに行きがてら居間の様子を確認して来ようとか、思ったけど何と無く
躊躇っている内に居間の方で小さな物音がするのが聞こえた。

やがて小さな足音が近付いて来て、僕の部屋のドアをノックする。

「開けてもいい?」

僕が返事をすると遠慮がちな福沢加奈の声が聞こえた。

「いいよ」

ベットから起き上がって僕は答えた。

ドアが少しだけ開いて福沢加奈がそっと顔をのぞかせた。

「おはよう」

彼女が言った。

「おはよう」

僕が答えた。

「ゆっくり眠れた?」

何を言えばいいのかわからなかったのでとりあえずそう聞いてみた。

「少しだけ・・・」

彼女が答えた。

「着替えてからそっちの部屋に行くよ」

僕がそう言うと福沢加奈は頷いてからそっとドアを閉めた。

僕はパジャマからジーパンとトレーナーに着替えてから部屋を出て
トイレを済ませてから、洗面所に新しいタオルとまだ箱に入ったままの
歯ブラシを用意してから居間に行き彼女にその事を告げた。

「ありがとう」

彼女はそう言って洗面所の方に向かった。

僕はキッチンでコンロに火を点けて湯を沸かし、それから玄関に新聞を取りに行った。

新聞をテーブルに置き、キッチンでごそごそやっている内に彼女が戻って来た。

「泊めてくれて、ありがとう・・・本当に助かった」

彼女が言った。

「別に気にしなくていいよ」

僕が答えた。

「春介クンにはすっかりお世話になっちゃったね。・・・ねえ、もし良かったら・・・」

「うん?」

「ワタシに朝ご飯作らせてくれないかな」

「え、でも・・・」

「お願い、せめてそれ位の事はさせて欲しいのよ」

彼女が言った。

そういう訳で、福沢加奈がキッチンに立ち、所在の無くなった僕はテーブルに座って
落ち着き無く新聞を広げた。

新聞には、二日前、韓国軍、北朝鮮人民軍双方に死者を出す銃撃戦になった
板門店事件の続報が報じられ、事件の発端となった北朝鮮側から越境したソ連人
観光客がモスクワの大学生である事などが伝えられていた。

昨日、夕刊に報じられた、報道機関宛てに(全国の すいり フアンの みなさん え)で
はじまる挑戦状を送り、(ぜい金 むだづかい せえへんよおに けいさつに 
協りょく したる) と新たな犯行予告をしていた、グリコ森永事件のかい人21面相の
続報は出ていなかった。

スポーツ欄には世界から競走馬を招待して行われるジャパンカップと言う競馬の
レースでミスターシービーとシンボリルドルフと言う馬が史上初の三冠馬同士の
対決を行う事、開催4回目で日本の馬(ミスターシービー)がはじめて1番人気に
押されて、このレースでの日本馬初優勝が期待されている事などが書かれていた。

福沢加奈が立っているキッチンからハムエッグを作っている香ばしい香りが漂ってくる。

日曜日の朝、同い年の女の子に朝食を作って貰っている。

昨晩、ボクシングジムから一人で誰もいない自宅に戻って来た時には
想像出来なかった光景で何とも不思議な気分だ。

あまりにも複雑過ぎる事情があったけれども、それでも何だか母がいる時とは
また違った温かみのある時間がゆったりと流れているのを感じた。

彼女がキッチンに立っている間、静か過ぎる気がして僕は居間のテレビをつけた。

テーブルの上にハムエッグの皿とトマトとキャベツのサラダ、油揚げの入ったスープ
が並び、コーヒーが入れられた。

「簡単なものしか出来なかったけど」

トースターから焼けたパンを取り出しながら福沢加奈が言った。

「いや、僕が作ったよりは、はるかに朝食っぽいよ」

僕が答えた。

僕と彼女はテーブルに向かい合って朝食をとったけど、その間お互い何となく
話す事が無くて、僕らは黙々とナイフとフォークを動かし、パンを齧ってスープを
啜った。

僕らには共通の話題なんてあるはずも無かったし、何か話をしようにも中々
切り出しずらかった。

特に彼女の身に起こった出来事や、それに関連した事については今は話題に
したくなかった。

少なくとも朝食を食べ終える迄は、この爽やかに晴れた晩秋の日曜日の朝の
平和的で穏やかな空気を、例え仮にでも保っていたかった。

しかし、やっぱり全く触れないという訳にはいかなかった。

「どう?少しは疲れが取れた」

遠回しに僕は聞いてみた。

「うん、おかげさまで」

薄っすらと微笑みを浮かべて福沢加奈が答えた。

昨日、外はすっかり冷え込んだ深夜のコインランドリーで、はじめて彼女の姿を
見た時、彼女はすっかり疲れ切っている様にみえた。

無理も無いだろう。

昨日、池袋のサンシャイン近くの公園で、その(異様な出来事)に出くわした後、
彼女はつい先程までいた池袋の街が自分のまったく知らない街に変貌したのを
知り、彼女は訳がわからないまま、夜の雑踏の中を長い間、呆然と彷徨い歩いて
いたのだと言う。

世界で自分を知っている人間も自分が知っている人間も誰一人いなくなり
帰る場所を失い、刻々と11月終わりの肌寒い夜が更けて行く中、行く当ても無く
多くの人々が行き交っている中で、自分の(正体)を知られる訳にも行かず
誰にも助けを求める事が出来なかった、彼女の衝撃や不安、恐怖は
相当なものだっただろうと思う。

その第1日目の夜を何とか無事に乗り切ったからと言っても、彼女を突如襲った
不幸は何一つ消え去ってはいなかった。

消し去る事の出来ない大きな不安と、漠然とした恐怖の中で眠りにつき、目覚めと
ともに、不安に満ちた朝を迎えただけだっただろう。

(彼女はこれからどうなるんだろう・・・)

そんな事を考えてみたけれどさっぱり見当がつかなかった。

護衛艦乗艦勤務の父は遠洋航海訓練中で月末まで横須賀に帰港しないし
母は火曜日まで実家から帰って来ない。

だから、火曜日の朝までは彼女をこの家に泊めてあげる事は出来るのだけれども
僕は月曜日から学校があるし、火曜日になったらその後、彼女をどうすればいいのか
いろいろ考えてみたけど何も思い浮かばなかった。

(まあ、少なくとも二日間の猶予はある・・・)

それまでに、僕は彼女の為に出来る事だけの事はやってみよう。

僕は思った。

それしかなかった。

アバター
2014/01/14 21:26
主人公が、ボクシングの才能で、どう彼女を助けられるのか、期待できるところです。

わたしなら、とりあえず、バブルが崩壊した後に、セブンイレブンやトヨタの株を買っておくことをお奨めしますw
アバター
2014/01/08 13:22
 万札の主人公と同じ姓をもつ謎の少女は、フカエリか、直子か、はたまた佐伯さん的役回り?
 村上パラレル=未完成ストーリー……あれは効きますよね 
アバター
2014/01/03 14:55
これは続きを期待せずにいられないですね^^
アバター
2014/01/01 08:08
もう少し落ち着いたらで良いから、書いてみてはどうですか?
私も、あんまり長く無いならさ、読みたいです。良いお年を(´▽`)ノ
アバター
2013/12/31 07:46
お報せ/
 かいじんさんの作品が、今月号更新後24時間で170アクセスでMVPを飾りました。
 ほらね^^
アバター
2013/12/30 22:25
 いえいえ勝手をやってすみません。実際物語がよいわりに、アクセス数が少ない作品というのがこれまでも、いくつかありました。比較してみると、先述の傾向・ブログタイプの文体で書かれた作品が濃いことが判ったのです。22時17分現在84アクセスで、前回よりも倍近いアクセス数を記録しています。会員作品の全体水準が高くなってくると、さらにアクセスが増えます。
 現在更新中の下半期第7冊は現在4524アクセス、上半期第6冊は現在3044アクセスと、1000アクセス分伸びており、7冊が完結すれば確実に5000アクセスを突破することでしょう。かいじんさんはじめ会員各位の質的向上は目をみはります。
アバター
2013/12/30 20:37
タイムスリップもので、十年~二十年ほどだと緊迫感ありますね。
同時代に同じ人物(加奈)がいるかもしれない状態のストーリーは
引き込まれます。

タイムスリップ物が好きなので、すごく読むのが楽しいです。
また来年もよろしくお願いします
アバター
2013/12/30 18:26
後編・・・。

後編だけど、続編がありそう。

続編はどこだろー??

かいじんさーん。

続編、待ってます~~~^^;
アバター
2013/12/30 06:34
 以前掲示板にかきましたが、『小説家になろう』に転載した場合、掌編に限りますが、ブログ様式よりも、一般小説様式のほうが食いつきがよく、数十アクセス差がでてしまうため、今回、転載先では通常の小説様式に改めさせていただきました。誤字に関しましては各種校正ソフトで修正、記号につきましては「・・・」⇒「……」、「、,」の乱れは、「、」に、また「?」「!」につきまして、「……?(または!) 一字アケ ……」に、「『台詞』……」につきましては、「『台詞』、……」というように改めさせていただきました。
 特に思い入れとかある文体でしたら旧に復します。
 とりあえず案ということで。
 ご協力ありがとうございます。



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