Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(99)

 「あー…緊張したぁ」
 宿泊先として案内された部屋――もったいなくも、夏に来た時と同じ部屋、だ――のベッドの上に体を伸ばして、セシリアがしみじみとつぶやいた。
 「おにーちゃんは?緊張とか、してないように見えたけど」
 「…自分より緊張してる人を目にすると、妙に落ち着くものなんだな。ああいう時って」
 「それって、あたしのおかげで落ち着けた、ってこと?」
 「…そういう事に、なるのかな?」
 「じゃあ、あたしに感謝してもらわないとね。…ところで、何探してるの?」
 「招待状…の封筒。もう一度ちゃんと目を通しとこうと思って」
 結局目を通す事が出来たのは、招待状本体だけだったし。
 「それだったら、クリスちゃんの部屋に行ってないかなあ。全部まとめて同じカバンにしまってたもん」
 「ああ、…そうか」
 クリスの部屋は、やはり夏の時と同じで、隣だ。この季節、まさかベランダから出入りする訳にもいくまい。
 「…仕方ない。隣に行って、もらってくる」
 行ってらっしゃい、ごゆっくり、と送り出される。
 ゆっくり何をして来いって言うんだ?

 「招待状の封筒?…ちょっと待っててくれる?」
 「あ、すぐに出ないようなら、後でも」
 「んー…でも、日程とか入ってたし…どこに入れたか、は覚えてるんだけど」
 運び込まれた荷物が部屋中に広げられている。その間を覗き込んで小さなカバンを探しまわる。…ところで、広げられている荷物が、持ってきた荷物よりも多い気がするんだが?
 「ああ、あったあった。えーと、アレクのは…と。セシリアの分も、いる?」
 「預かっとこうかな。セシリアも見返したいかも」
 「分かった」
 カバンの中をあさりながらこちらへ向かってくる。
 「こっちがセシリアので、こっちがアレクのだからね。間違えないように」
 宛名が書いてあるんだから、ちゃんと判る。
 「そっちの荷物は、片付いた?」
 「まだ全然。要る時に探せばいいかと思って」
 「明日着る服だけでも出しといた方がいいと思う。マルグレーテ妃の機嫌を損ねたくないのなら」
 「明日着る…って、そんなのも指定されてるのか?」
 「十五日分、きっちり。自由な服でいられるのは、部屋にいる間だけ」
 「うわー…それは…予想以上に厳しい」
 眉間を押さえてみせると、クリスが手を伸ばしてきて、俺の服の襟にそっと触れる。
 「ごめんね。こういう格好するの、気が進まないよね。それから…」
 そのまま上の方に手を遣り、クリスの指示で昨日ていねいに洗い、今朝一時間かけて梳かした髪に触れる。
 「これも随分面倒だったよね。…だけど、梳かしたら真っ直ぐになるなんて思わなかったな。こうして見ると、セシリアの感想も、あながち的を外していないと思う」
 「セシリアの?」
 「『どこの王子様かと思った』っていうやつ。少なくとも、広間で品定めしてる連中より、よっぽど高貴に見える」
 それは、褒め言葉なのか、俺を引き合いに出して、連中を貶しているのか。
 「同じ言葉をクリスに言わないのは、片手落ちだと思う」
 髪の毛を弄んでいるクリスの手を取り、そっと口づける。と、クリスが硬直する。
 「…な…そういう事は、されてる方が恥ずかしいって…」
 「解っててやってる。…厭なら、振りほどけばいい」
 「…アレク?」
 「俺が、趣味に合わない衣裳を着てまで、ここにいるのは、なぜだろうな?」
 「……」
 「断ることも、できたんだよな。考えてみれば」
 「……」
 「でも、そうしたら、十五日もの間、お前に会えない。…そう思っただけでいたたまれなかった。…クリスティーナ。…いつまで焦らせるつもりだ?…こんなに…」
 自分の肩が細かく震えてくるのが判る。
 ダメだ。次のセリフが思い浮かばない。
 「……アレク?」
 「……ごめん。造りすぎた。…こういうのは、やっぱり性に合わない」
 クリスが長い溜息を吐いて、硬直が解ける。
 「一体どうしたのかと思ったぞ。中身まで入れ替えたのかと…」
 「クリスが趣味の悪い事を言うからだ」
 クリスが硬直している間に落としたカバンを拾ってやる。
 「正真正銘の王女様に「高貴に見える」などと言われたら、いたたまれないだろうが」
 「だから、何度言えば…」
 「クリスの主張は解ってる。でも、クリスがどれだけ「自分は王族じゃない」って言い張ったって、クリスの半分はあの方に由来してるんだから。…その部分は否定しないんだろう?」
 「…それは、そうだけど」
 「じゃあ、少なくとも、ここにいる間は、「自分は王族ではない」って言い張るのはやめよう。吹聴する必要はないけど」
 クリスがそう言うのをやめることで、どれだけ玉座にいる人の精神的負担が減るのかは分からないが。
 「…それから、さっき言った事、かなり本音が混じってるので、心しておくように。じゃあ、またあとで」
 「さっき…って…え?」
 面食らった表情のクリスを置いて、部屋へ戻る。

#日記広場:自作小説

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2009/08/21 07:13
99話目まで行ってすごいですね!!!!!!!!!!



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