「契約の龍」(99)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/21 02:56:35
「あー…緊張したぁ」
宿泊先として案内された部屋――もったいなくも、夏に来た時と同じ部屋、だ――のベッドの上に体を伸ばして、セシリアがしみじみとつぶやいた。
「おにーちゃんは?緊張とか、してないように見えたけど」
「…自分より緊張してる人を目にすると、妙に落ち着くものなんだな。ああいう時って」
「それって、あたしのおかげで落ち着けた、ってこと?」
「…そういう事に、なるのかな?」
「じゃあ、あたしに感謝してもらわないとね。…ところで、何探してるの?」
「招待状…の封筒。もう一度ちゃんと目を通しとこうと思って」
結局目を通す事が出来たのは、招待状本体だけだったし。
「それだったら、クリスちゃんの部屋に行ってないかなあ。全部まとめて同じカバンにしまってたもん」
「ああ、…そうか」
クリスの部屋は、やはり夏の時と同じで、隣だ。この季節、まさかベランダから出入りする訳にもいくまい。
「…仕方ない。隣に行って、もらってくる」
行ってらっしゃい、ごゆっくり、と送り出される。
ゆっくり何をして来いって言うんだ?
「招待状の封筒?…ちょっと待っててくれる?」
「あ、すぐに出ないようなら、後でも」
「んー…でも、日程とか入ってたし…どこに入れたか、は覚えてるんだけど」
運び込まれた荷物が部屋中に広げられている。その間を覗き込んで小さなカバンを探しまわる。…ところで、広げられている荷物が、持ってきた荷物よりも多い気がするんだが?
「ああ、あったあった。えーと、アレクのは…と。セシリアの分も、いる?」
「預かっとこうかな。セシリアも見返したいかも」
「分かった」
カバンの中をあさりながらこちらへ向かってくる。
「こっちがセシリアので、こっちがアレクのだからね。間違えないように」
宛名が書いてあるんだから、ちゃんと判る。
「そっちの荷物は、片付いた?」
「まだ全然。要る時に探せばいいかと思って」
「明日着る服だけでも出しといた方がいいと思う。マルグレーテ妃の機嫌を損ねたくないのなら」
「明日着る…って、そんなのも指定されてるのか?」
「十五日分、きっちり。自由な服でいられるのは、部屋にいる間だけ」
「うわー…それは…予想以上に厳しい」
眉間を押さえてみせると、クリスが手を伸ばしてきて、俺の服の襟にそっと触れる。
「ごめんね。こういう格好するの、気が進まないよね。それから…」
そのまま上の方に手を遣り、クリスの指示で昨日ていねいに洗い、今朝一時間かけて梳かした髪に触れる。
「これも随分面倒だったよね。…だけど、梳かしたら真っ直ぐになるなんて思わなかったな。こうして見ると、セシリアの感想も、あながち的を外していないと思う」
「セシリアの?」
「『どこの王子様かと思った』っていうやつ。少なくとも、広間で品定めしてる連中より、よっぽど高貴に見える」
それは、褒め言葉なのか、俺を引き合いに出して、連中を貶しているのか。
「同じ言葉をクリスに言わないのは、片手落ちだと思う」
髪の毛を弄んでいるクリスの手を取り、そっと口づける。と、クリスが硬直する。
「…な…そういう事は、されてる方が恥ずかしいって…」
「解っててやってる。…厭なら、振りほどけばいい」
「…アレク?」
「俺が、趣味に合わない衣裳を着てまで、ここにいるのは、なぜだろうな?」
「……」
「断ることも、できたんだよな。考えてみれば」
「……」
「でも、そうしたら、十五日もの間、お前に会えない。…そう思っただけでいたたまれなかった。…クリスティーナ。…いつまで焦らせるつもりだ?…こんなに…」
自分の肩が細かく震えてくるのが判る。
ダメだ。次のセリフが思い浮かばない。
「……アレク?」
「……ごめん。造りすぎた。…こういうのは、やっぱり性に合わない」
クリスが長い溜息を吐いて、硬直が解ける。
「一体どうしたのかと思ったぞ。中身まで入れ替えたのかと…」
「クリスが趣味の悪い事を言うからだ」
クリスが硬直している間に落としたカバンを拾ってやる。
「正真正銘の王女様に「高貴に見える」などと言われたら、いたたまれないだろうが」
「だから、何度言えば…」
「クリスの主張は解ってる。でも、クリスがどれだけ「自分は王族じゃない」って言い張ったって、クリスの半分はあの方に由来してるんだから。…その部分は否定しないんだろう?」
「…それは、そうだけど」
「じゃあ、少なくとも、ここにいる間は、「自分は王族ではない」って言い張るのはやめよう。吹聴する必要はないけど」
クリスがそう言うのをやめることで、どれだけ玉座にいる人の精神的負担が減るのかは分からないが。
「…それから、さっき言った事、かなり本音が混じってるので、心しておくように。じゃあ、またあとで」
「さっき…って…え?」
面食らった表情のクリスを置いて、部屋へ戻る。

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- リンゴ
- 2009/08/21 07:13
- 99話目まで行ってすごいですね!!!!!!!!!!
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