1月自作/お題:馬 『揺灯』
- カテゴリ:自作小説
- 2014/01/30 23:35:46
山に向かう林道を走り続けると、古い隧道が黒い口を開けて待っていた。
ここを抜ければ村の名前が変わる。
昭光は隧道より数メートル手前の路肩で車を停めて山沿いの茂みを掻き分けはじめた。
幼い頃、曾祖母の膝に乗せられて、繰り返し聞かされた路がこの路肩沿いにあるはずだ。そしてそれは簡単に見つかった。
雑木林の一か所で、草が薄くなり砂利混ざりの土が線を引くように山へ向かって伸びている。人の往来が消えて獣の道へと成り果てたのだ。
昭光は茂みを掻き分けて獣道へ入り込んだ。
車はここで捨ててゆく。
自分の力で得た財産ではない。家の跡を取らせる代償に与えられたものだ。惜しくもない。
枝葉で顔を叩きつけられるようにして、緩い上り坂を延々と歩く。遥か遠い稜線を目指して前へ、前へ。
『新しく出来た隧道をみなが使うようになったもんで、誰の目にも見咎められんと旦那さんに会いに行ったもんさ。
あの遠い峠に向かってな、馬に揺られてぽっくり、ぽっくり、なぁ』
恐ろしい程の人嫌いで、家人とも顔を合わせず自室に篭り過ごしていたセツ婆だったが、不思議と曾孫の昭光にだけはよく話した。
皺くちゃな掌に乗せられた菓子に向かって駆けてくる曾孫を、にんまりと抱き寄せて膝にのせると、消え入りそうな声で若い頃の恋物語を囁き語った。
セツ婆の話しを元に頭の中で作った地図を頼りに茂みを掻き分け歩く。このまま進めば峠と小屋があるはずだ。
なるほど、確かに女の足では到底歩ける距離ではない。『馬に揺られて』の馬背峠とは上手い名称だ。と、まだ影すら見えない目的地を想い呟いた。
辿り着いたのは山に入ってたっぷり半日が過ぎた頃だった。朝のまだ早い時間に車を降りたはずなのに、気付けば陽は反対の山へ落ち始めている。
朽ち果てて跡も不確かだろうと想像した小屋は、予想に反して健在で驚かされたが、山中何もない所で夜を迎える事を思えばこれは救いと、昭光は軒下に膝を抱えてうずくまった。
いくら外観はしっかり残っていても、人が住まなくなって五十年は経っているはず。そこに立ち入るのは気持ちの良いものではない。埃のない外の空気の方がまだマシに思えた。
座り込んだ地べたが体温を奪ってゆくにしたがって、冷静さが戻ってきた。
まったく、狂ったことをしたものだ。
ここへ足を踏み入れるきっかけは、里奈を失ったショックだった。
付き合い始めた恋人を紹介しようと家長である祖父に会わせると、彼女の名を聞いただけで激昂され別れるよう言い渡された。
玄関で靴を履く暇もなく叩き出されるように昭光の家を出た里奈は、その夜から連絡が途絶えた。家を訪ねても彼女の両親すら行方を知らないという。
「だからって、ここに来たから何かが分かるわけじゃないんだよな」
なぜだかここへ来れば里奈の足取りへのヒントがあるような気がしたのだ。
改めて小屋の周囲を見回す。
赤く染まる陽の中で、佇む小屋は異様に見えた。
五十年近く打ち捨てられていた筈だ。それがなぜ?
誰かが手を入れている。
自分が来たのと反対の方角を見ると、そこには確かな《路》があった。反対側からは人の往来があるのだ。それも定期的に。
そこまで判断が付いた頃、小屋の裏に気配があるのをやっと気づいた。
「絶対、ここに来るって思ってた」
「里奈」
小屋と並んで立つ彼女を見て、昭光はなぜ自分がこの峠を目指したのか、答を見つけた。
そうだ、セツ婆に似ているのだ。
顔というより、雰囲気。消え入りそうな声で囁くような口調。
彼女のそれらが、この山超えの道程を語るセツ婆と不思議に重なる。
初めて出会った喫茶店で、まったく知らない同士だったにも関わらず声をかけてしまった理由を後に聞かれて、正直に答えると、里奈は興味津々にセツ婆の事を何度も聞いたものだった。
「あの日は爺さんが酷い事を言った……悪かったよ」
「いいの。家族に紹介するって昭光が言いだした時に、そうなるだろうなって分かってたから」
「なぜ?」
里奈は目を閉じてふんわりと口端で笑い、その問いには答えず違う事を語り始めた。
「この小屋、どんな人が住んでたか知ってる?」
「いや。里奈の知っている人?」
「私の曽祖父よ。昭光の村と私の村の境守をしていたわ」
昭光は驚いて小さな声を上げた。
里奈は続ける。
「この峠の名前の由来は? 知ってる?」
「いや」
「どっちの村とも山の名前とも関係のない《馬背》だなんて、変だと思わない?」
「人の足では歩き通せない距離で、馬で峠越えをしていたからだろ?」
「そうね。表向きは、そうね」
「他に何か?」
「私の村の事は知っているでしょう」
知っている。口さがない年寄の昔話で。
昔、田畑と商売で賑わった昭光の村とは対照的に、山の奥のどんづまりで、田畑にはとうてい向かない土地に住んでいた彼らは、獣肉と山菜で生計を立てていた。
肉牛が入ってきてからは牛を飼い、捌いて売った。
その屠殺の技術は昭光の村を始め近隣の村でも、年を取った馬や牛の処分にも役立ったが、逆に、血生臭い仕事を請け負う村と忌み嫌われた。
「まさか爺さんがそんな事を理由に里奈を嫌ったと?」
「それも……あるわね」
「まだ何か?」
「昭光の大好きな大婆様……」
「セツ婆?」
セツ婆が? と聞いて、はっとした。
いつも語って聞かせてくれた恋物語。
あの中に出てくる《旦那様》が、自分の曽祖父でないことはとうの昔に気付いていた。
「セツさんは地主の娘で、婿入りする許嫁もいたのに、山菜採りに入った山で知り合った男性と恋に落ちてしまったのね」
それが、私の曽祖父。と、深い溜息と一緒に掃出し、里奈は唇をぎゅっと結んだ。
そんな因縁があっては爺さんも許さないわけだ、と昭光は合点がいった。
随分自由に育てられはしたが、跡取りである自分の結婚となれば問題は深刻だ。
言葉を失った昭光の手を、里奈がぎゅっと握った。
「昭光、私を棄てていいのよ。
まだ付き合いも長くないし、私のせいでまた村同士でつまらない確執が出来ては嫌だわ」
確かにここで新たな確執を生むのは得策ではない。
里奈は口にはしなかったが、それでなくとも差別意識の強い山村で、また問題のこじれる事があれば里奈の両親も暮らし辛いことになるのだろう。
自分の恋意地を原因に里奈の家族にまで迷惑をかけるわけには、いかない。
昭光の頭が重く垂れた。
「陽が暮れるわ。ここね、時々手入れしてるから中に入っても大丈夫よ。
もう遅いからここで泊って、朝帰らない?」
朝、峠を挟んで別々の道へ。
「なるほど、あっちの村からはまだ峠まで行き来があるけど、うちの方からは忌み嫌う理由でこの峠道は忘れ去られたんだな」
薄暗い灯の下で最後の夜を過ごしつつ、昭光がひとつ疑問を投じた。
「だけどそんな理由で道がひとつ本当に失われるものなんだろうか」
里奈は困ったように、眉を潜めた。
「地主の娘を奪われそうになった事がよほど憎かったのではないの?」
「つまらない意地だな」
「本当ね。でも人の心ってそんなものなのよ、多分」
里奈はもうこれ以上話す事はないと言いたげに、昭光の唇を自分の唇で塞ぐ。
夜は短い。最後であれば、なおさら。
それに……
それ以上の理由を知れば、きっとあなたは私を棄てられなくなってしまう。
里奈は心の中に沸いた小さな囁きを、外から聞こえる葉擦れの音の中に、溶かして捨てた。
読んでくださってありがとう~♡
お仕事とか色々、少しは休めるように……なったのかな……(^_^;)
どこかで、「女の大丈夫は絶対信用しちゃなんねぇ!」てのを聞いたことがありますがw
この作のセツ婆ちゃんの時代で、これくらいの田舎やと
夜這いの風習もあったりしたから、実際血縁なんて不確かだったでしょうしねぇ~
そういう意味では現代より性的におおらかだったかといえば、
また違う問題だったりしたみたいで…
あたしは現代に生まれて、ほんと良かったと思います(^_^;)
あたしゃーでき婚なんか絶対イヤだったから妻ちゃんが「今日は大丈夫よ」なんていっても絶対つけてたもんな
読んでくださってありがとうございます(´▽`)
同和問題、こういう場でさくっと書くには重いですよね…
こういう意識が今の若い人にもあるんでしょうか。
私の世代などは恋愛結婚の時に徹底的に親族調査などされたようですが(^_^;)
ハッピーエンド……えっと、はっぴぃはっぴぃ……(^_^;)
○○町を(○○まち)と読むのが普通の地域では、同和集落を(○○ちょう)と読むとか……
そこの人たちは、動物を殺して剥製を作る技術を持っていたりするのだそうですけど、だから差別されるとか……。
それを知ったときちょっとショックでした><;;
ハッピーエンド希望っってことで><;;
読んでくださってありがとう~(´▽`)
差別とか真剣に書くと重くなるのでさらっと流すようにしてみました。
いぁホントは字数制限の罠なんだけど…(^_^;)
高知県の坂本竜馬脱藩の道っていうのがあるんですが、
その中にいーっぱいいい感じの山道があるんですよ。
歩きやすいようにちゃんと整備もされてて、いかにもいかにもって感じの峠もあるんです。
現実にそういう差別やらがあった場所というわけではないのだけど、
山道は脱藩の道をイメージしたんです^^
村は、山に向かってどんづまった感の村も高知にはたくさんあって、
有名な所では馬路村とか大野見村ですね^^
そういう色んな過疎地をごっちゃまぜにして想像しました^^
差別されていた村、というのに関しては、うちの地元に実際にある、
ばーちゃんからよく聞かされる所がイメージですねぇ…
私は愛媛の人間なのだけど、個人的には高知の方が好きなので
どうしても高知をモデルにしてしまいます^^;
さらっと感じてしまいますが、奥がほんとは深いので勝手に妄想モード全開できる話だなぁ^^
実際にあるんでございますか、行ってみたいなぁ、ここは四国になるんですか?
有名なとこなんかな、あほうな私は知りませんで、これは四国なら行くときによってみたいと思います^^
いぁそんなエロスとか書けませんからww
チャタレー夫人とか、そんな裁判沙汰になるようなエロス表現なんて
世間知らずの純情可憐なしょじょなあたしには荷が重いので許してやってください(・∀・)
あ、まさにモデルにした峠、名前は違うけれど坂本竜馬脱藩の道のひとつです^^
延々と鬱蒼と茂る山中を歩いて、いつの間にか越してしまっている峠ですけど、
今じゃ観光地のひとつです。
よく解りましたね~^^ウヒヒ♡
読んでくださってありがとう~(´▽`)
狭い田舎に住んでいると、色んな差別や弊害がとても身近に存在します^^;
あまり良い事ではないのだろうけど、そういうのを自分で上手に消化して
作品に出来たらいいな、と思います^^
いつもお褒めありがとうございます>▽<
読んでくださってありがとう~(´▽`)
狭い田舎に住んでいると、いろーんなよそのお宅の事情が耳に入りますので…(^_^;)
謎の最期……
すみません無駄にフラグおったてました><
そんなに凄い謎じゃありません、あんまり期待しないでやってください><
読んでくださってありがとう~(´▽`)
私達が普段通り過ぎるさがらに観ている景色にも、
そこに住んでいる人ならではのドラマがあるのでしょうね。
そういうのも、旅行する時に気にしながら見て、作品にできればなぁ、と思います^^
読んでくださってありがとう~(´▽`)
そうそう、これは自作小説サークルで出るお題で書いてる、一品物なのです~^^
今回はちょっと続きますが、たいていは3000字一話完結を目指してます!(`・ω・´)ノ
私の文章で読みやすかったら、プロの作家さんの作品はもっともっと読みやすいですよww
また何かしら書くと思うので、気楽~に読みにきてもらえれば嬉しいです♡
いきなりロミオとジュリエットかと思ったらチャタレー夫人の恋人まで@@~
その時身ごもったオババの子というのが昭光の父なのかな@@濃厚~
ちょみさん、小噺だけでなくエロスも上手いね♪
切なく、甘く、痛々しい優しさがズンと胸に残りました!(感慨)
謎の最後が気になる^^
お話の途中から時代背景、登場人物、昔の状況と今の状況を描写して
ストーリーができあがっている、それも3000字で。
こういう事もできるものなんですねー、と本を読まない人の感想でした!
読んでくださってありがとう~(´▽`)
うちのばーちゃんも、「あの人はコレの出やから」とかよく言いますねぇ
ある年齢以上の人はもうどうしようもないんやろうなぁと思います。
言わんけりゃ若い人や子供なんかは部落なんて気付きもせんのだろうにねぇ^^;
来月はもうちょっと早くUPしまーす(´▽`)
うーん。里奈さんがいうそれ以上の理由、気になる~~。
それにしても三ヶ月サークルお題さぼってたワケかぁ…(^_^;)