Nicotto Town



もしも明日が (前編)


僕と福沢加奈は多くの人ごみに混じって後楽園場外馬券売り場を出て外堀通りを
飯田橋の方へ向かって歩いて行った。

僕らが歩いて行く先の西の空ではもう既に日没が近付いていて日は晩秋の街並の
向こう側に沈んでいこうとしている。

建ち並ぶビルと紅葉し落葉しはじめた街路樹のとうかえでに挟まれて続いている
歩道を冷たい風が吹き抜けて行った。

僕らはまだ、先程の競馬のレースの余韻にどっぷりと浸っていた。

あのレースが終わってからまだ1時間もたっていない。

日本の馬と世界8カ国から集まった競走馬合わせて14頭が2400Mを駆け抜ける
2分30秒足らずのレースで、僕らは1万200円のお金を42万2220円にする事が
出来た。

僕にとっての今日、今僕の隣を並んで歩いている福沢加奈にとっての自身が生まれる
11年前、すなわち1984年(昭和59)11月25日、つい先程東京競馬場で行われた
第4回ジャパンカップ(G1)。

僕らはこのレースが、今から29年後に彼女が記録映像を見た時と、同じ結果に
なる筈だという前提で、馬券を買ったのだけれど、それでもレースが始まる前は
期待と不安で胸が一杯だったし、レース中はハラハラドキドキし続けた。

彼女が言った通りに10番人気の日本の馬と、2番人気の英国の馬が1,2着で
ゴールを駆け抜けて、そのままレースが確定し、僕が3回、払い戻しの機械に
並んで、払い戻しを済ませた時、ようやくとりあえずの安心感を得る事が
出来た。

僕ら二人は束の間の心地良い気分の中にいた。

しかし、場外馬券場を出て、夕暮れの近付いた通りを飯田橋駅前に向かって行く
内に、少しずつ僕らの心中は、僕らの置かれている現実に絡めとられて行く。

僕と並んで歩いている福沢加奈も何か自分自身の思いに耽りながら目の前に
駅前の大きな歩道橋が近付いて来た街並みの方にうつろな視線を向けていた。

「ところで・・・君はさっきのレース以外のレース結果も知っていたりするのかな?」

僕はわざと少し浮かれた調子で福沢加奈に尋ねてみた。

彼女は僕の方を振り向いて、しばらくぼんやりとした表情をしていたが
やがて意味あり気な笑みを顔に浮かべた。

「そう言えば、さっきのレースを振り返った映像の終わりが、この時3着に終わった
シンボリルドルフという馬が、この一ヵ月後に行われた、何とかって言うレースでは、
逆に今日勝った馬を最後の直線で交わして雪辱を果たしたって言うナレーションで
締め括られていた気がする。」

彼女の言葉を聞いて僕は思わず自然にニヤリとしてしまった。

一ヶ月後に行われる何とかって言うレースは、おそらく毎年年末になると、テレビや
新聞で話題に取り上げられている、有馬記念とか言うレースの事だろう。

一ヵ月後・・・

年の終わりも押し迫った一ヵ月後、今僕のすぐ隣にいる福沢加奈は、やはりまだ
この1984年の世界に留まっている事になるのだろうか?

現時点ではその可能性が極めて大きい気がする。

彼女が長い期間にわたってこの時代に留まり続ける事になった場合、今から
29年後には彼女の失踪騒ぎが起こり、その後、彼女はずっと行方がわかない
ままになってしまう事になるだろう・・・

僕は顔に表情を出さない様にして歩きながら、いろんな事が次々と頭の中に
浮かんで来るのを止める事が出来なかった。

地下鉄の駅に向かう階段を降りて営団(現・東京メトロ)有楽町線の駅に向かう。

「池袋に着いたら、どっかに晩御飯食べに行こうか」

僕は福沢加奈に聞いてみた。

「うん。・・・今日はおカネいっぱい入って来たもんね」

彼女が答えた。

切符を買って改札を抜け、さらに階段を降りてホームに出る。

やがてホームの左端のトンネルの向こうから風を切る音と線路を軋ませる
音が近づいて来て、電車がホームに入線して来た。

車内は少し混んでいたので、僕と福沢加奈はホームの向かい側の扉の所に
向かい合って立った。

扉が閉まって駅を出発すると、列車はトンネルの中を重苦しい潜もった響き音を
立てながら走り、窓の外を壁面に取り付けられた白色灯が次々と流れていった。

「何だか、ずっと遠くにある今まで来た事の無い街に旅行して来たみたい」

車内の様子を何気なく見渡していた福沢加奈が言った。

(君の場合、実際その通りなんだよ・・・)

僕はそう思ったが何と無く口には出さなかった。

彼女がそう言った後、僕は目の前で何か思案顔で車内の光景をぼんやり眺めている
福沢加奈の姿を眺めながら、彼女と実際に東京から離れたどこかの街を旅している
光景を想像してみた。

今、地下鉄の扉の近くに向かい合って立っている、僕と福沢加奈の姿は周囲には
高校生のカップルか、少なくとも親しい仲の2人に見えているだろう。

しかし実際には、彼女は(本来この場所にいる筈の無い少女)で、、もっと言えば
いろんな意味で(ここにいてはいけない少女)だった。

その僕の理解や能力をはるかに超えた、非現実的でありながら歴然とした現実の
前では、僕が今考えている事は、無意味でナンセンスな事のように思えた。

そんな事を考えたりしている内に池袋に到着した。

地下鉄を降りて、人ごみに混じって2人で出口に向かう階段を登っている時に
僕はふと気づいた。

池袋で食事しようなんて言ったけど、考えてみれば東口を出たサンシャイン60の
方は、彼女が昨日の夜、極めてショッキングな出来事に出くわしたばかりの
場所だった。

「とりあえず、西口の方に出てみようか」

さり気無い感じで、彼女にそう聞いてみた。

「・・・私はちょっと、東口の方に行ってみたい」

福沢加奈が答えた。

僕らは駅の地下から階段を登ってパルコ前の駅前広場に出た時は、もう日は落ちて
空はかなり暗くなり始めていた。

交差点を渡って目の前のサンシャイン60ビルを見上げながら雑踏の中を
サンシャイン通りの方に歩いて行く。

夕闇に包まれていく中、たくさんの人が行き交っている街中を歩いていると
僕等2人の存在が、とても無力でちっぽけなものの様に感じられた。

「ねえ、春介クン・・・」

暗くなってサンシャイン60ビルの所々の窓の照明がくっきりとしはじめた辺りを
憂い顔で眺めながら歩いていた福沢加奈が言った。

「ワタシはやっぱり、これからずっと(ここ)にいる事になるのかな・・・」

それはおそらくお互いに切り出すのを、なるべく先延ばしにして来た、あるいは
切り出し方やタイミングがわからないままでいた話題だった。

しかしその事についていつまでも何も触れないでいられる訳も無かった。

「いや、すぐに戻れるよ。・・・その時までの時間はそんなに長くはかからない」

僕がきっぱりとそう答えると彼女は少し驚いた目で僕の方を見た。

「どうして、春介クンにそんな事がわかるの?」

「とりあえず、どっか食事する所を決めよう」

彼女の質問に答えるかわりに僕は言った。

彼女の質問に答えられる筈が無かったからだ。

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2014/03/01 20:05
そこはかとなく切なさが際立っていて
すごくいい感じですね~><
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2014/02/28 20:10
未来は判らないですから
ヒロインのいうことはごもっともなことですよね
アバター
2014/02/28 12:49
ふうーん。優しい嘘だね…(o´∀`)b
続き楽しみです。ラブロマンスもあるかなぁ



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