「契約の龍」(102)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/24 13:49:26
「ちーがーう!ここは右足から下がる」
クリスの提案で「ステップが複雑で踊れる人が少なそうな」宮廷古典舞曲を習得することになった。しかも、どうせなら、という事で男女両方を覚える羽目になった。
「ターンの時、足は半歩分離す。…踵は上げて」
クリスのチェックは、なかなか細かい。指導役の楽師が苦笑するほどだ。
「あまり細かい注意を入れると混乱しますよ。一通りさらってみましょうか」
「…すみませんが…その前に休憩してもいいでしょうか?」
「…と言っていますが。いかがいたしましょうか?」
「しょうがないなあ…息も上がってるし。アレクは息が整うまで休憩」
…何が、踊れるかどうかは保証の限りではない、だ。男性パート女性パート、全部頭に入ってるじゃないか。
俺が長椅子に倒れ込むのと入れ替わりに、セシリアが飛び降りるように走って行って位置につく。竪琴に触れる楽師の指先から旋律が流れ始める。きっかけの音を拾ってクリスがセシリアの手を取る。淀みのないステップ。二回目のターンでセシリアが回る方向を間違えたが、クリスが回り込んでカバーする。…見事なものだ。一セット終わったところで楽師が手を止める。
「一か所間違えただけで、ステップはほぼ完璧です。今日初めて見たんですよね?すばらしい」
楽師が乾いた拍手をしながらセシリアの踊りを褒めちぎる。
「お…兄が散々間違えたので、お手本を繰り返し見る事ができたからだと思います」
セシリアが謙遜するが、微妙に俺の事を貶しているような気がするのは、被害妄想というやつだろうか?
「それにしたって、セシリアの方が筋がいい。ちゃんとリズムに乗れてるし」
「それだって、何回も聞いているからだし」
「じゃあ、ついでだからもう一つ二つ、簡単なステップ覚えてく?アレクが復活するまでの間に」
セシリアとクリスがこっちを見る。
「あー……どうぞどうぞ。ご随意に。当分立ち直れそうにないから」
クリスとセシリアがくすくす笑いながら、楽師の方に向かう。
カウントを取りながら楽師がやって見せている見本は、当然のことながら女性用のステップだ。
セシリアが首を傾げながら、覚束ない様子でステップを踏んでみせる。
「大丈夫。できてますよ。あとは姿勢ですね。ちゃんと前を見て、胸を張って。…肘は自然に曲げる。…ちょっと、肩に力が入ってますが、まあ、いいでしょう。じゃあ、曲に合わせてみましょうか」
先ほどの典雅な曲とはうってかわった、軽快な舞踏曲が流れ始める。良く知られている曲だが、本来のものよりテンポがややゆっくりしている。王妃直伝のクリスのステップは、さすがに危なげがないが、さっき習ったばかりのセシリアのは、迷いがあってやっぱり危なっかしい。だが。
「はい、結構です。初めてにしては上手ですよ」
と褒める。どうやらこの楽師は、「ほめて伸ばす」タイプらしい。クリスも少しは見習ってほしい。
「アレク。この踊りのステップは、知識の中に入っている?」
「……一応は」
「じゃあ、実際に組んでみよう。実際に体を動かさないと上達しないし」
そう言ってクリスが手招きする。しぶしぶ立ち上がって頭の中でステップを思い浮かべながら、クリスの前に立つ。
「お手柔らかに」と口の中でつぶやくと、
「最初の一回だけは、足を踏まれても文句は言わないから大丈夫」とにっこり笑って答えられた。次からは容赦しない、という意味だな、と思い、溜め息をつきながら手を差し出すと、華奢な手がそっと預けられる。
曲が流れ始める。テンポはやはり少し遅めだ。
クリスのステップに迷いがないせいか、かつて練習で組んだ誰よりも踊りやすい。危惧したように足を踏むことなく踊り終える事ができた。
「はい。大変結構です。姿勢の方は申し分ありません。でも、できれば、表情も付けていただきたいですねえ」
「第一、組む時に溜め息をつかれるのは、気分が悪い。私は、アレクが嫌々やってるのが解ってるから我慢するけど、ほかの人の時は、それしないように」
「…了解」
「でもステップはちゃんと入ってるみたいだね。…じゃあ、今度は、逆やってみようか?」
「…は?」
「さっきの見てたよね?基本的なとこは同じだから大丈夫」
「大丈夫、って…」
身長差をまるで気にしていない様子で組まされる。体の方に添えられている手が、妙にこそばゆい。
さっきよりも更にテンポを落とした曲が流れ始める。
「ここまで遅いと、ほとんど別の曲だな」
クリスが苦笑しながらステップを踏み出す。
男性用のステップと女性用のとは、どこが違うんだっけ、と思い出しながらなので、このテンポでもついて行くのがやっとだ。
タイトルに惹かれたんですが、それに負けないくらいの中身があって、いいと思います!
まともなコメントできなくてすみません><
ブログ広場から、失礼しました!