地上の波season2 ②
- カテゴリ:自作小説
- 2014/05/06 18:48:07
翌月。
萩原証券の調査日。
八野と千尋は手際よく調査を終了し、千尋は調査報告書を説明。
八野は今後の防犯対策などの提案をして業務を終えた。
そして恒例の昼食タイムである。
例によって13時を回ってから食堂に着く。
今月から新しい従業員が働いているはずである。
どんな子が入ったのだろうか?という興味が八野と千尋の食堂へ向かう足の速度を速めた。
2人が食堂に入ると友子のいつもの笑顔が迎えた。
「あら、八野さん、千尋ちゃん、いらっしゃい。」
しかし八野は、友子の挨拶に何となく違和感を感じた。
そしていつもならオープンキッチンの中から聞こえるはずの、酒井の声も聞こえる事は無かった。
そして洗い物を手伝うはずの新人と思われる若者は、なぜかフロア係の友子に着いて仕事をしていた。
八野は思わずオープンキッチンを覗いて、酒井に声をかけた。
「酒井さん、どうしたんだ?彼はキッチン担当じゃなかったのか?」
「ああ、八野さん、いらっしゃい。ええ、実は彼はフロアから教える事になりまして・・・。」
「そっかぁ・・・酒井さん、今日のおすすめ何?」
「あ、今友子さんが行きますので、ちょっとお待ちください。」
八野は何となく、2人がよそよそしく感じたのだった。
以前の阿吽の呼吸は感じられることは無く、ギクシャクした感じが見て取れた。
友子がテーブルに来るのかと思いきや、来てくれたのは新人の若者だった。
「いらっしゃいませ。」
「はじめまして。こちらの会社の盗聴などの調査とセキュリティを担当している、八野と言います。こちらは同じく調査員の海野です。月に一度しか利用できないけど、毎回寄らせてもらっています。」
「あ、そうでしたか。新人の日野と申します。よろしくお願いいたします。」
「日野さん、調査の度に寄らせてもらってます。海野千尋です。よろしくお願いしますね!」
彼は日野光といった。25歳で以前はファミレスでフリーターをしていたが、この社員食堂で本採用され転職したのだった。
真面目で礼儀正しく、フリーター時代に調理師免許を取り、いずれは自分の店を持ちたいと願う夢追い人だった。
いい若者が入って良かったと八野は思ったが、それにしても酒井と友子のぎこちなさが八野は気になって仕方がなかった。
八野は食事の後、再びオープンキッチンを覗き酒井に声を掛けた。
「酒井さん、仕事が終わったらさ、電話くれないかな?ちょっと聞きたい事があるんだ。」
「あ、はい、わかりました。」
八野は1年も通ったこの社員食堂に、初めて名刺を置く事になったのだった。
その日の夜、八野の携帯電話が鳴る事になる。
八野は酒井を酒に誘った。
萩原証券の近くの酒場だった。
調査士としての本能だろうか、気になる事はいち早く何とかしたいという、八野の行動だった。
「えっとねぇ、焼き鳥ね、ぼんじりとレバとハツを4本ずつ。それと日本酒ね、八海山ある?酒井さんは?」
「あ、同じのを。」
「こうして酒井さんと呑むのは初めてだねぇ。何でも話してよね。」
「そうですねぇ・・・。」
「ねぇ、酒井さん、今日の料理さ、チキンの赤ワイン煮込みね、味がさぁ、何となく塩気が多かったんだよ。私が思うに酒井さんが何らかのストレスを感じてるんじゃないかとね。それと、友子さんとも何だかぎこちなかったよ。」
「あはは・・・八野さんには隠せないなぁ。そうでしたか、料理にまで影響してましたか。」
酒井の隠すことなく八野に語った。
それは社員食堂を管轄する、庶務課からのお達しだった。
その内容は、新人社員が入社するにあたり、3人になった社員食堂の人員から責任者を決めようと言う事だった。
責任者は主任扱いとなり、手当も付く事になる。
上の判断は、調理担当の酒井よりもメニュー構成と売り上げを管理している友子を推するという結論だった。
しかし酒井はその結論に納得がいかなかったのだ。
もちろん、責任者を決めると言うのであれば、友子になるというのは理解できるし、彼女の給料が上がる事は自分の事のように嬉しかった。
酒井が納得できなかったのは、今まで2人で何でも相談し合い、良い関係を保ちながらやって来たのに、なぜそこに石を投げ込むような事をするのか?という事だった。
酒井は上層部にそれを抗議するという行動に出た。
しかし上層部はそれを彼が自分を責任者にしなかったという不満と捉えてしまった。
その事は友子にも伝えられ、友子との関係にヒビが入る結果となった。
今まで友子とは、プライベートな悩みまで打ち明けられていた。
酒井も自分の過去や考え、家族の事なども全て友子に打ち明けていた。
しかし、友子の昇進の内示が下り、酒井の抗議が行われてからはそういった2人のコミュニケーションは行われなくなった。
新人の日野は、友子の独断でフロア係に配置された。
それも酒井に相談される事は無かったという。
「私はね、八野さん、今まで二人三脚でやって来たと思っているよ。何でも相談しあってやってきた。彼女は私を頼ってくれていたし、私もそうだ。それを何故上は、おかしな上下関係を作り出そうとするんだ?私には理解できない。」
「う~ん、こういうケースも考えられるぞ。イヌワシの卵ってしってるかな?イヌワシは必ず卵を2個産むんだ。そして二頭の子供を戦わせる。そして負けた雛は勝った雛の餌になってしまう。親は勝った強い血を持った雛を育てる。まぁ、そこまで壮絶な話では無いだろうが、上は2人を競わせて更に良くお店を発展させたいと考えているんじゃないだろうか?上はもっと冷静に、酒井さんの仕事も見ているのかもしれないぞ。まぁ、私の考えも今までのままの方が良かったと思うけどね。」
「実は、来週に友子さんと話をする事になってるんだ。このままじゃまずいからね。」
「そうっすかぁ・・・それってさ、酒井さんが言い出したの?」
「いや、昨日友子さんにそう言われたんです。ちゃんと話そうって。」
八野は何とも嫌な胸騒ぎを覚えた。
何かが起こる、その話し合いで・・・。