「契約の龍」(104)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/26 19:07:27
担当者がここでちょっと言葉を切る。そして、集まった者たちの顔を見回して言葉を継いだ。
「今回は、ちょっとした思いつきで、ペナルティを設ける事にしました。年少者の方五人には、男子用・女子用、二種類の制服が配られていると思います」
何人かが自分の前に置かれている服を探り始める。
「例えば、ですが、担当時間のうちに男子用の服で一巡した後、女子用の服でもう一巡。そうすると、二回スタンプを求められる方も出てくるかと思います。同じ人から二回スタンプをもらってしまったお客様は、その分が差し引かれ、うまくだました方には、その分のご褒美が増えます」
…チェックする係が大変そうだ。
「むろん、スカートなんか穿ける者かというお坊ちゃまもいらっしゃれば、ズボンが恥ずかしい、というお嬢様もおられるかと存じます。ですので、強制は致しません。…ただ、今回はだれがどのスタンプを捺したのかよく判らないように、仮面をご用意いたします」
テーブルの下からサンプルとして白い仮面を取り出す。顔の上半分を覆うタイプで、銀色の縁取りが入っている。年長者と年少者では、顔の大きさが違うので、実際に着ける物は、今計測して、これから作るのだという。
「…もし、年長の方で、このたくらみに乗る、という方がいらっしゃるのでしたら、あとでもよろしいので、申し出てください。明朝までには、ご衣裳を用意いたしますので」
こういう時、いつも思うんだが…裁縫室の人に、寝る暇はあるんだろうか?
受け取った「制服」を持って部屋に帰る途中で、クリスがぽつりとこぼした。
「年少者五人、と言ったが、どうしてセシリアの所は飛ばして私の所に二着来てるんだろう?」
…この企画がなくても、クリスには二人分働いてもらうつもりだったんじゃないか、と思うが、口には出さないでおく。
「クリスちゃん、どっち着ても似合うもの」
「…セシリア。念のために聞くけど、……それって褒め言葉?」
「褒め言葉に決まってるでしょ。なんでそんなこと聞くの?」
「誰とは言わないけど、先日、その単語を使ってほめたところ、機嫌を悪くしたのがいて」
…名前を伏せる意味はあるのか?思いっきりこっちを見ているが。
「そりゃ、「なにが」似合うって言ったか、によるでしょ」
「私だって、一応気を使って、明らかに顔をしかめながら着ている服には使わなかったんだぞ?何だったら素直に褒め言葉と受け取ってもらえるんだ?」
「あー……それは難しい問題よねえ。あの人、その気になれば何だって似合いそうな見てくれなのにねえ…」
本人を前にして、「あの人」とか言うな。
あー、時間を早く進める魔法、とか、もしあるなら、今すぐ習得して、十五日後に進めたい。
緋色のベルベットのリボンでまとめた後頭部が、椅子の背から覗いている。そろえた膝の上に押印の下敷きにする台紙と係数用紙を重ねて置いている。今日は初日なので来客は少ないが、それでも数えた限りでは、もう三十人ほどにスタンプを押している。
「まさか本当に見張っているとはね。過保護だなあ」
階段の踊り場の手すりに凭れて、下の様子を窺っていると、背後でクリスの声がした。
「他にすることもないしね。クリスの方もそろそろ担当時間じゃないのか?」
今日は初日で、来客もそれほど多くない、とみられているので、一度に出る「チェックポイント」は三人。各々の担当時間も短い。
後ろを振り向いて一瞬言葉に詰まった。クリスのスカート姿を見るのは、これが初めてではない。だが、いつも少女服だったし、顔だって素顔だった。
「…だます気満々だな。化粧品は、どこで調達したんだ?」
「いつもの親切なご婦人の所。塗る方は、お付きの侍女に手伝ってもらって。仮面をつけるから、目の周りはいらないって言ったんだけど」
瞬きをすると、まぶたの上にも色が載せられているのが判る。もともと長い睫毛には、手を加えられていないようだが。
「その鬘も、いつものとは違うみたいだけど」
ふだん使っている自前のものに比べて、色が幾分濃い。それに、長さも違う。
「……母の髪、なんだ。こういう事に使うつもりで取っといた訳じゃないけど、せっかく鬘に仕立てたんだし」
「…ずいぶん長かったんだな」
編んで前に垂らした状態で、胸元まで垂れている。解いて背中に垂らせば腰まで届くだろう。とい言う事は、未加工の…頭に生えた状態だったら、どれほど長かったんだろう?
「そうだね。私が覚えている限り、刃物を当てたことはなかった。いつも編んでまとめてあったけど。…ところで、他に言う事は?」
なにか褒めろ、という事か?