ドラマ【軍師官兵衛】
- カテゴリ:テレビ
- 2014/06/25 17:31:22
【感想】を書く前に、光秀を演じている小朝についてですが、一時期ぶっくぶくに太っていたのに、今は痩せたとまではいきませんが、前より細くなりましたよね。あれって大河で光秀を演じるためにダイエットしたとこのところ話題になってますね。確かに最初光秀が小朝というキャスティングを聞いた時には、あのブタでいいの?(失礼)と思ったものですが、今のところかっこいいとは言わないまでも、不自然なところはなく演じているように思います。ダイエットの方法は、「朝9時から10時の間に野菜ジュースや鮭の玄米おにぎり、タマネギだけのサラダやにんにくスープなどを摂取して1日の食事は終わり」という一日一食ダイエットというもので、特に運動はしていないらしい。しかし大体こういう無理な食事制限によるダイエットって、すんごいリバウンドが来るのよねw 来年あたりまたブタになってそう(失礼)。そもそも何故小朝をキャスティングしたのか理由がわからない。当時の戦国武将にぶくぶく太っていた武将がいるはずもなく、太った小朝をキャスティングすれば、ダイエットを強制するのと同じことですよね。たまにこういった謎なキャスティングがありますよね。落語家なので事務所のゴリ押しというわけでもなさそうだし。さて、前説が長くなりすぎてしまいました。今回の目玉は、毛利攻め開始、宇喜多直家の死去、光の懐妊といったところで、あまり話が動く回ではありませんでした。その代わり、信長の栄華を極めた様子が丹念に描かれていましたね。兼和(後の兼見)により信長を左大臣に推挙することが知らされ、信長は正親町天皇が譲位すれば受けると大層不遜な発言をしてましたが、「正親町天皇が譲位し、誠仁親王が即位した際にお受けしたい」と返答したことになっており、両者の間に立った者が苦労した跡がうかがえますね。弥助と名づけられた黒人男性は実在の人物であり、「弥助」だけでググると衝撃的な画像が右の方にw ちなみに途中、ドドンと「天正十年」と年号が出たのは、その年に本能寺の変があるからです。弥助がどうなったのかは、今後見てのお楽しみですね。最後の方にあった安土城のライトアップ、本当にあったことだそうですね。正確には天正9年のうら盆だったそう。今でもクリスマスのライトアップやイベントでのプロジェクションマッピングなど、人間はこういった暗い場所で光を楽しむのが大好きですね。ただ、信長の栄華を語るには、同じく天正9年に京都で行われた馬揃えもやったほうがよかったように思います。まぁライトアップの方がCGだけですむので安上がりではありますが…。
私も感想を書くにあたりNHKのHPも参考にしていますが、
参考になるのは役名くらいですねw
私も歴史は大体の流れくらいしかわからないので、
その都度調べながら書いています。
いろいろとわかって面白いです。
歴史にはうとい私ですが 大変興味深く ドラマがますます面白くなっています。
誰だろうと思って見たことはないのですが、
逆にそういう立場になってみたかったですね。
小朝だということがわかった時、私はどう思っただろう…と考えると。
制作側が元のように太った小朝を光秀に…と思ってキャスティングしたのなら
それはそれでアリかなと思いますが、ダイエットを許したということは、
そうでもないんですよね。やはりよくわかりませんw
今でこそライトアップやプロジェクションマッピングも珍しくはなくなりましたが、
当時、夜になれば暗闇が当たり前だった時代に、ライトアップをするなんて、
信長は民衆の心をつかむイベンターとしても優秀だったんですね。
あと、感想の方に書き忘れていたのですが、今回信長が天下布武を達成した暁には、
外国に討って出たいと、天正10年の正月に、秀吉と官兵衛に語り、
2人ともそれに賛成していました。この信長の夢が、その後晩年の秀吉を
朝鮮征討に駆り立てるきっかけになるのではないでしょうかねぇ。
今思えば荒唐無稽な夢ですが、世界の大きさを知らなかったからこそ
持てた夢だったのかもしれません。
ちょっと凡庸な、だけども落ち着いた雰囲気の人。
こんな役者さん、いたっけのはてな(・・?
小朝だったとは、意外や意外。
無理なダイエットで、後からしんどくならなきゃ良いけれど。
横に広がろうと、本業の落語がしっかりしていればよしでしょうが。
このキャスティング、不思議ですよ。
本能寺の変も、そろそろ近くなって来ましたね。
新しい文献が、最近、発見されたと言う話題も記憶に新しいです。
お城のライトアップ、さぞや美しい眺めだったでしょう。
安土城関連の催しを、かなり昔に見ました。
茶室も再現していたかな。
テーマは安土桃山時代だったと思います。
このドラマを見ていたら、ふっと、思い出しましたゞ