雨の日曜午前2時、その部屋に彼女はいた(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2014/06/30 19:55:44
「ごめんなさい、気がつきませんでした><」
部屋の右隅に座っているゆり44が言った。
ゆり44 : ごめんなさい、気がつきませんでした><
会話履歴が更新された。
「こんばんは」
僕はもう一度、今度はどこかでPC画面を見ている誰かに向かって
文字を入力した。
K-02 : こんばんは
部屋の左隅に立っている僕のアバターが言った後で会話履歴が更新された。
ゆり44 : どうぞ座ってください。
K-02 : それでは
僕はマウスを操作してアバターを動かして立っていた場所から少し奥の方に
あった椅子に腰掛けた。
その後しばらくの間、沈黙が続いた。
K-02 : 何だか眠れ無かったんです。
ゆり44 : 私もです
しばらく沈黙
ゆり44 : K-02さんは良くチャットするんですか?
K-02 : 2回目です
ゆり44 : 2回目なんですか・・・
K-02 : 半年前にここに登録した時に一度やってみたんですが
K-02 : 飛び交ってる言葉や内容がよくわからなくてついて行けなかった。
ゆり44 : わかりますw 実は私チャットは今日がはじめてなんです^^
K-02 : そうなんですか。
しばらく沈黙
ゆり44 : K-02さんは何県に住んでらっしゃるんですか?
K-02 : ××県です。
ゆり44 : 私は○☆県に住んでます^^
K-02 : お茶と世界遺産の山ですね^^
ゆり44 : そうです^^
K-02 : お互い結構離れた所に住んでますね^^
しばらく沈黙
ゆり44 : 失礼かも知れないですがひとつ聞いてもいいですか?
K-02 : どうぞ
ゆり44 : K-02さんはお幾つくらいの方ですか?
K-02 : 僕は高校3年生です。
少し長い沈黙
ゆり44 : 私よりずっと年下www
K-02 : そうなんですか。
ゆり44 : 私は24才だよww
K-02 : 僕よりずっと年上ですね^^
ゆり44 : 高校生が夜眠れないなんて何か悩みでもあるの?
ゆり44 : 聞いてあげるから言ってごらん^^
K-02 : 特に悩みというのは無いですが
ゆり44 : 本当に?
K-02 : 強いて言えば
ゆり44 : 強いて言えば?
僕は少しの間考えた。
K-02 : 僕は悩みが無い事に悩んでいます。
ゆり44 : ww何それ?
K-02 : それと最近は悩みが無い事を悩んでいるのを悩んだりします。
ゆり44 : www
K-02 : やっぱり悩みが多い年頃なんでしょうね^^
ゆり44 : www キミはちょっと変わった子なのかな?
K-02 : 人間は変わろうと思えば変われるんです。
ゆり44 : Change!^^
仮想空間での仮想の僕は、その日そこで出会ったばかりの遠くに住む
顔も名前も知らないこの場所での仮想の彼女と夜中じゅうそんな他愛も
無い会話を続けた。
長い時間の中では多少なりとも中身のある話も少しはしたりもした。
雨は相変わらず降り続けていたけど、気がついた時には夜明けの早い6月の空は
もうすかり明るくなっていた。
・・・
ログアウトした後。ログイン画面を閉じ顔を上げると少しだけ本当に自分が
どこか別の世界から現実の自分の部屋に戻ってきた様な気がした。
机の上の目覚まし時計はAm5:12を表示していた。
僕は机から立ち上がり窓の外を眺めてみる。
雨はまだ降り続いていたけど、低く垂れ込めていた雨雲はどこかに消え去って
今はうっすらとした白さの雲が高い空一面に広がっている。
下を見下ろすとすぐ真下に出来た大きな水溜りが空の白さをうっすらと写し出して
いるのが見えた。
あの世界ではそこからその向こう側にあるにこちらと同じ世界にそのまま通じる
事は出来ない。
だけどあの世界でこちらからそこを通じてその向こう側にあるこちらと同じ世界に
向かって伝える事が出来るものがあり、向こう側にあるこちらと同じ世界から
そこを通じて伝わって来るものがある。
僕は数時間の内に心がすっかり軽くなってい爽やかな気分になっているのを
感じて、心の中で遠くにいる知らない誰かに感謝した。
・・・
PCの電源を落とした後、私は少し疲れて大きな溜め息を吐いた。
しばらくぼんやりした後、カーテンを少し明けて窓の外の風景を眺めてみる。
所々青空も見えるが空は殆ど雲に覆われている。
その空の下に一面に広がる田植えが終わった水田の水面はその空の白さを
写して真っ白だった。
私が東京での暮らしに嫌気が差し仕事を辞めてこの実家に戻って来てから
もう半月になる。
私はまだほとんど外に出ず自宅に引き篭もったままで過ごしている。
私は一晩中、登録したばかりの仮想空間の中で過ごした。
ほとんどをチャットルームの中で過ごしたけどあんな所はもうこりごりだ。
立て続けに不愉快な思いをさせられ、余計に嫌な気分にさせられた。
だけど最後の一人とは普通に話しをする事が出来た事だけは嬉しかった。
顔も名前も知らない遠くにいる6つも年下の男の子だったけど、誰かとあんなに
たくさん話をする事が出来たのは私には本当に久しぶりの事だった。
仮想空間の中では少しだけ違う自分になれるのかも知れない。
何だかちょっと面白い所のある少し変わった所がありそうな子だった。
そう言えば少し変な事を言っていた。
K-02 : 水溜りと涙はいつかは乾く。
だけどとにかくあの子には何だか新しい一歩を踏み出すための元気を少しだけ
貰えた様な気がする。
とりあえずあの子とはあの場所での初めての(友だち)になった。
顔も名前も知らない6つも年下の男の子だけど。
私は少し可笑しくなってカーテンを閉めて少し笑った。
そのなかの出会いは静かだけどもドラマに富んでいますよね^^
私見ではありますが、もし問題があるとすれば、次の点を考えます。
●一人称多視点であること……プロでも超難易度レベルとされ、しかも長編でなんとか読者がついてこれるといわれています。
●「ゆり44 : www」……といった、独特な表現が、定型化した小説スタイルに馴れた読者を敬遠させる?
●仮想都市ネタ……これがありきたりになっていないかどうか? (私はそのあたり疎いのですが)
先に申しましたように、今回は全体でのアクセス数がいつもより(100前後)低く、そう気にせずにお励みください。次回も楽しみにして待っております。
村上春樹の描く人間の内面『森』というのが、綿矢理沙『インストゥール』のチャット場面に通じ、それが仮想都市だと気づく今日この頃。
チャットで不快な思いをしたという、ゆり44さんは主人公にあえてよかったw
意外と少ないんですよね、チャットで、アバターのむこうに生身の人と世界があることを意識できる人って…(^_^;)
現実から仮想
そして 仮想ももうひとつの現実となる
すると現実をふたつ持つことになるのだろうか?
ふたつの世界を同時に持って 同じ心で渡るのですね
仮想でしか出会えなかった大事な人がいるものね
タイミング良く というのかしら
電車の音が遠くから聴こえたのには 背景が揃い過ぎたww
リアルではおそらく出会うことのないであろう二人が友だちになる。
不思議で素敵な出会いのお話、ありがとうございました^^
引き込まれて読んでいたら主語が変わってる、でも不自然でない。
文章マジシャンですね。
いや、結局すごく面白かったってのが感想です^^