Nicotto Town


グイ・ネクストの日記帳


女帝レティーシアの家出


女帝レティーシアは、初めて王宮殿の外へ出た。警備の兵士はなお、自分の後をついて来ている。


だが、自分が止まれば向こうも止まる。

おそらく弟の配慮だろう。

満月の空の下、ワタシは靴もはかずに何をしているのだろう。

レティーシアは空に手を伸ばし、「いつもワタシの歩く道を照らしてくれてありがとうございます」

 満月に感謝した。

 サリエル<神の命令>が、ワタシにも聞こえるかしら。

じいやは何を言っていたかしら。

満月を見つめながらレティーシアは幼き日の執事アルバンデス・ハイムを思い起こす。

アルバンデスは髭を少し触ってから「お嬢様、サリエルを聞くには難しく考える事はありません」と、断言する。

「そうは言ってもじいや。仮にも神の命令でしょ。難しくも考えるわよ」


「いいえ。名前こそ<神の命令>ですが、決してその声は命令などしません。もしももしもサリエルが聴こえるなら・・・それはとてもやさしい声で、音で」

「聴こえてくるっていいたいんでしょ。何度も聞かされたわ」

「そうです。なかなかよく覚えているじゃないですか。お嬢様、サリエルに会いたくば、月を眺めなさい。満月であればなおよしです」

「ちょっと待ってじいや。サリエルは<神の命令>という声じゃないの?人なの?」

「いいえ、お嬢様。声でございます。しかし、お嬢様。時としてサリエルは匂いであったり、目で見える大天使であったり、夜の女神であったり、食物を食べた後に感じる味であったり」

「ちょっと待って、じいや。そのまま行くと五感全部を言うつもりでしょ」

「ええ、サリエルは必ずお嬢様の五感に明確なサインを残してくれます。わたくしは声として出会いました。サインを残す天使、雪の天使としてお嬢様の前にも現れます」

「サリエルは神のサインを教えてくれる天使なの?」

「いいえ。天使というわけではございません。そのように語られているだけでございます。サリエルの姿はその人、その人によって違うのでございます」

「よく分からなくなってきたわ。やっぱり人なの?」

「いいえ、声です。しるしです。そしてサリエルの知らせは人生を劇的に変化させるのです」

「出会ってみたいわ。その知らせに」

「サリエルに出会うにはお嬢様、難しく考えてはいけません。ありがとう、あいしています、ごめんなさい、ゆるしてください。今、五感で感じている世界の責任をとります。大いなる力にゆだねます。すべてを・・・と、唱えるのです」

「そんないっぺんに覚えられないわ」

「大丈夫です。じいやはこれから毎日教えてさしあげます」

「じゃあ、安心ね」

「ええ、そうですとも。お嬢様、唱える時はマッチを擦ってロウソクに火を灯すように自然に、自然に、リラックスして言うのですぞ」

「それも何回も聞いているわよ」

執事アルバンデスは高らかに笑った。

ワタシは「ありがとう、じいや」と、思い出にふたをした。

ワタシは失恋した。他国の王に真実の光を当てた時、ワタシの権力と国を欲していた事実に嘆き悲しんだ。

ワタシは王の中の王。

周辺国家の中では帝国を名乗る大国家の王である。

その地位を利用して、その国と王を滅ぼすことはたやすい。

しかし、ワタシはそれをしなかった。

ワタシは置手紙を残して王宮殿を飛び出してきたのだ。

何よりもサリエルを聴きにきたのだ。

 満月の空の下、ワタシはマッチを擦ってロウソクの火を灯すようにつぶやいた。

「ありがとう、あいしています、ごめんなさい、ゆるしてください。今、五感で感じている世界の責任をとります。大いなる力にゆだねます。すべてを」

何も起きなかった。沈黙が続く。

じいやはワタシに嘘を教えたのだろうか。

ワタシが帰ろうとすると、後ろにいるはずの警備の兵士たちは見えず、代わりに黒き狼が見えた。

赤い目をしている。

ワタシよりもはるかに大きい。

いや、王宮殿さえも飲み込むほどに大きい

不思議な話だが・・・ワタシはその狼に慈しみを感じていた。

「いとしい、いとしい、もう一人のワタシなのか」

狼は答えた。ただ首を縦にふって。

「そなたの名前は絶望。いや、神話に出てくる氷の魔王フェンリルと名付けようか」

また首を縦にふる。

「今度はそなたの友も連れてくるのだ。きっとだぞ。約束だ」

ワタシはそこで意識を失った。

気が付くと、自分の寝室にいた。

警備兵たちによって運ばれたようだ。

メイドたちがベッドの横にずらりと並んでいる。いつもの風景だ。

メイドの一人が前に進み、一礼してから「弟様が部屋の外で待っておられます」

「そう、アルスが。待っているか」

ワタシはベッドから立ち上がり、両手の肩のところまで上げて、メイドたちがドレスを着せてくれるのを待った。

赤いイブニングドレスを着たワタシは茶色のドアを開けてもらい、部屋の外で待っている弟に出会った。

弟は一礼してから話し出した。
「姉さん、ボクには姉さんの代わりなんてしたくない。ボクの主君は姉さんだ。姉さんでなければダメなんだ。それに他の重臣たちも姉さんの復帰を願っている。ここに署名と手紙を集めた。読んでくれないか、姉さん」

「アルス・・・ありがとう。もういいわ。もう一人のワタシに会ってきたの。フェンリルに。サリエルを聴いたのよ」

「姉さん?」

「アルス、これからもサポートを頼むわ。いいえ、影ながら応援してくれるあなたがいてくれてこそよ」

「姉さん、恥ずかしいよ」

「ワタシも恥ずかしいわ」

「姉さん!」と、弟は姉に抱き着いてきた。

女帝レティーシアは弟を抱き止めて、背中をさする。

レティーシアの目線の先には黒き狼がいた。

フェンリル、ありがとう。

あなたはワタシ。ワタシはあなた。

さすれば道は開かれん。

アバター
2014/07/03 23:36
>レティーシアは心を決めたようですが、それはひそかに自国を狙おうとしていた
かつての恋人の国を滅ぼすことでしょうか。
絶望、という言葉にはそれが一番しっくり合うような気がします。

それとも、「ありがとう、あいしています…」と唱えたように、相手を許すことを決めたのでしょうか。
絶望、は、相手が自分を受け入れないことへの絶望なのかもしれません。

この質問の答えは「レティーシア吼える」(仮)でお答えしたいと思います。
感謝いたします。

あい
アバター
2014/07/02 09:22
サリエルというキーワードをもとにリルルさんがお話を書かれると仰っていたので
楽しみに待っていました。

リルルさんの手にかかると、こんなに神秘的で面白いお話になるのですね。

悩みや苦悩を抱えたレティーシアは、サリエルを聴きに、満月の下に出てきて、
そこで「絶望」を体現した、自分自身の姿を見つけ、王宮に戻ることを決めました。

レティーシアは心を決めたようですが、それはひそかに自国を狙おうとしていた
かつての恋人の国を滅ぼすことでしょうか。
絶望、という言葉にはそれが一番しっくり合うような気がします。

それとも、「ありがとう、あいしています…」と唱えたように、相手を許すことを決めたのでしょうか。
絶望、は、相手が自分を受け入れないことへの絶望なのかもしれません。

「素敵」という言葉で片付けて良いかどうか迷いますが、
素敵なお話をありがとうございました。



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