「契約の龍」(106)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/28 18:49:32
仮面は柔らかな革製で白く染められていた。ベルベットで裏打ちがしてあり、外周にそって入れられている銀色の装飾は、描かれたものでなく、銀を箔押ししたもので、急ごしらえの割には凝った作りになっている。
「視界は確保されていますか?どこか当たって痛むところはありませんか?」
係員が仮面の試着をしたクリスに訊ねる。
「左右が少し制限されるけど、見づらい、と言うほどではない。それから、ここ、下の縁の部分がちょっときついかな。長時間使ったら、擦れて痛むかも」
「鼻のあたりですね。少々お待ちを」
クリスから仮面を受け取った係員は、――立ち上がりざまに一瞬こちらに目を止め――それを持って隣の部屋に入って行った。
しばらくして戻ってきた係員が、もう一度試着を頼む。クリスが大丈夫そう、というので、再度取り返して、再び隣の部屋に入る。戻って来た時には、仮面を固定するためのひもが取りつけられていた。
「じゃあ、これが計数用のカード。お客様のスタンプ用紙の上に、これを載せてから捺してください」
カードには、星型の穴がちょうど百あいており、客の用紙の方には、星形に抜けたスタンプが押される、という訳だ。
ちなみに、スタンプは紛失しないように紐をつけて上着に結び付けられている。インクを浸み込ませたスタンプパッドと計数カードは、ちょうど上着のポケットに入る大きさだ。
「では、行ってらっしゃいませ」
準備を終えて出ていくクリスを、部屋の中に残って見送ると、係員が怪訝な様子でこちらを見る。
「あの…一緒に行かなくて、よろしいのですか?」
「一緒にいたら、邪魔になるのではないかと思って。それに、入れ替わりでうちの妹が戻ってくる頃合いなので」
「…妹さん、ですか?……でしたら、その、お顔を、どうにかなさった方がいいかと存じますが」
「…顔?」
「はい。顔、というか、その、お口を」
そう言って鏡が差し出される。
……なるほど。それでさっきからちらちらと俺とクリスの顔を見比べていた訳か。
「……すみませんが、何か、拭く物を貸していただけますか?」
顔から火が出る思いでそう頼む。
クリスめ。
人に見られるのはやだ、とか言っておきながら。
「…ありがとうございます」
熱い湯で湿したリネンが手渡される。
それで口許を拭うと、木苺色の顔料が布に移る。
人にこういう痕をつけるのは気にしないのか。
冬至祭の期間は、日没から明け方にかけて、常にどこかで明かりを絶やさないようにするのが習わしとなっている。つまり、夜通しのイベントもある、という事だ。とはいえ、「スタンプラリー」は「チェックポイント」の大半を未成年が務めるのと、集計の都合とがあって、開催時間は朝から正更までの時間、とされている。…一応。
一応、と断ったのは、「お仕事」の終了刻限が来ても、何かと引き留められるからだ。しかも、冬至が近付くに従って、引き留められる時間が長くなる傾向にある。というか、明らかに日を追うに従って、解放される時刻が遅くなってきている。まるで暗黙の了解でもあるかのように。
「このイベント、って、いつもこうなんですか?」
正更をかなり回って、道具一式を返却に行った時、係員に訊ねてみた。
「そのようですね。私が入ってからは初めてなので、人に聞いた話ですが」
「…今から最終日が恐ろしいです」
係員がちょっと笑った。
「お察しします。お疲れさまでした」
お疲れ、なのは、これから集計作業にかからなければならない、係員の方だと思うが。
部屋に戻る途中で、国王に出くわした。その様子からすると、どうやら待ち伏せされていたようだ。
「…どうかされましたか?」
「いや、ちょっと、あれの話でもしようと思ってな」
「……クリスの?」
一体どんな話を?
「そんなに身構えずともよい。ただの世間話とでも思えば」
そう言って踵を返す。ついて来い、という事か?
ニヤニヤしながら読んでしまいました^^;。
傍から見たら・・・・・ヘンタイに見えてるかも。。。^^;。