Nicotto Town



海の(さかな)と話した季節  1/2

  「海の(さかな)と話した季節」


オイラの住んでいる山の中の木の葉っぱの色がすっかり変わって、少しずつ
木の枝から落ち始めた。

やがてもうすぐその葉っぱが木の下の地面に一杯に溜まって、木の枝に葉っぱが
すっかり無くなってしまう頃になると、冷たい風が吹き始め山の中はすっかり寒い日が
続く様になって来る。

その頃には、山にいた多くの者たちはいなくなって、また新しい小さな葉っぱが出始めて
空から降り注いで来る陽射しが温かくなって来る頃まで姿を現さなくなる。

その時期がやって来ると、オイラは空が明るくなってもいつも一人で枝だけになった
木々に囲まれた川べりでぼんやりと過ごし、空が暗くなるとすっかり静かになった
真っ暗な山の中の川べりから冷たい星空を眠るまで眺めて過ごす。

もうすぐやって来るその季節を思い出すとオイラは少し寂しい気分になった。

そんな事を考えながら川べりをぼんやりと歩いていると、ふと目の前に
少し変な形をした石があるのを見つけた。

丸みを帯びたつるつるとした少し大きめの平べったい石で上の方は不思議な程
真っ平らになっていた。

オイラは少し気になったので、川の流れから少し離れた所にあるその石の前で
しゃがみ込んで見た。

石の上の部分にまるで水溜りがあるみたいに水の中が映っていてそこにいる
大きな(さかな)が不思議そうな顔をしてこちらを覗き込んでいるのが見えた。

               

             ・・・ <・))><  ・・・


「その頭の上に乗っかっているのはなあに?」

石が、いや石に映っている(さかな)が急にしゃべったのでオイラはびっくりした。

「頭の上?ああ、オイラはこの皿に水が無いと体が乾いてしまうんだ」

ようやくオイラは言った。

「ふうん。アナタのまわりに大きなヒジキみたいなのがいっぱい生えてて
そのずっと向こう側に白い雲が浮かんだ青い空が見える。たぶんそこは陸地の
高く盛り上がっている所なのかな?・・・だけど水の音も聞こえる」

(さかな)が言った。

ひじきと言うのが何なのかオイラには良くわからなかったが木の事を言ってるのは
わかった。

「ここは山の中で今、オイラは今、川のすぐ近くにいるんだ。君がいる所は
どうやらかなり大きな池か沼みたいだけど」

「ここは海の中だよ」

石に映っている(さかな)が言った。

「海・・・ああ、海という所があるのは知っている。オイラは見た事ないけれど」

オイラのすぐ側を流れているこの川の水は山のふもとの広い平らな場所に流れ出て
そこを曲がりくねりながらずっと遠くに見える山々が連なっている方に向かって
伸びている。

川はその山々の間の谷間を流れて行き、ここからは見えないずっと遠くにある広い
平らな場所に出た後、最後に海という所に流れ出るらしい。

そこは見渡す限りの水面が広がっている世界で、目に見えない向こうまでどこまでも
果てしなく続いているという事だ。

「あなたのいる場所から海は見えないの?」

(さかな)が言った。

「ああ、ここからは、海は見えないね」

オイラは答えた。

「ふうん、ワタシは川の水では泳げないんだ・・・」

「オイラもこの山の中のこの辺りでしか暮らせないんだ。・・・この川の水の中を
ずっと川下の方へ泳いで行けば海に辿り着けるんだろうけど、山のふもとから
向こうの水は川下に行けば行くほど、ひどく濁っているんだ」

「だけど、そんなずっと離れた所にいるアナタとこうやってお話が出来るなんて
何だか不思議だね」

「ああ、不思議過ぎて屁が出そうだ」

オイラがそう言うと(さかな)が笑った。

「だけど何だか楽しいね」

(さかな)が言った。

「ああ、何だか楽しいね」

オイラが答えた。

その日から、その石を覗き込んで(さかな)が顔を出している時は、(さかな)と
話をしながら過ごす様になった。

山の木々の葉がすっかり枝から落ちて、日毎に寒くなって来ると山の中での生活は
ますます変化に乏しくなって来る。

オイラにとって海の(さかな)と話をする事は楽しみのひとつになった。

「君の後ろに見える岩場、所々に貝が張り付いていないか?」

「うん、この辺りにはアワビさんやサザエさんがいっぱいいる」

「ふうん、海の貝はやっぱり大きいんだな。・・・ところでさっきから、君のそばで
ユラユラと上下に漂っているのは誰なんだい?」

「ああ、彼女はお友達の(するめいか)ちゃん」

「ふうん、頭の先が尖っててやたらに長いな」

オイラがそう言うと(するめいかちゃん)はこちらに向かって真っ黒な墨を吐いた。

そんな話をのんびりとして少しの時間を過ごした。

日々はあっという間に流れて行った。

やがて寒い日が続く様になり、日が落ちて空が暗くなるのが早くなって来た。

そんな日々が幾日も過ぎた後で、段々と日差しが暖かくなりはじめ、木々の枝に
新しい芽が出始めて、やがて山の所々で薄紅色の花が咲き乱れる様になる。

花が散り、山の緑が深まって来るにつれて日差しは強くなってやがて激しい光と
熱気が空から降り注ぐ様になると、山は一面、蝉の鳴声で覆い尽くされた。

その後、日毎に強い日差しが少しずつ和らいで、過ごしやすい日々が続いた後で
山はまた少しずつ色付き始める。

そんな季節の流れがもう一度繰り返されて、さらに日々が過ぎた。




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