Nicotto Town



真夏のルフラン(中篇)

「東野・・・慎一郎君?」

彼女が言った。

僕は頷いた。

「ウチ、川田恵、言うんじゃけど・・・」

「おばあちゃんから聞いた」

「東京から来たんじゃろう?」

「うん」

「時間どんくれえ掛かったん?」

「・・・家を出てからここまで七時間ちょっとかな」

「よう、一人で来れたなあ・・・大変じゃったじゃろう?」

「うーん、でも僕は今日、生まれて初めて新幹線に乗れたし・・・」

僕がそう言いかけた時、彼女が口に手を当てて驚いた表情をした。

「?」

「いや、いきなし(僕)とか言うけえ、うわあ、ぼっけえ(すごい)なあ思うて!」

おじいちゃんとおばあちゃんが家の中から彼女に上がるように勧めたが

「いや、今日はもう日が暮れようるし、顔を見に来ただけじゃけえ。
また明日になったら来るわあ」

と言って彼女は帰って行った。

日が暮れて外が薄暗くなり始めた頃、おばあちゃんが作った晩御飯を3人で
食べた。

ご飯となすとピーマンの煮浸し、オクラと鰹節ののった豆腐、きゅうりの和え物
葱と揚げの味噌汁と言う質素なものだったけど、東京の家ではいつも夕食は
スーパーやコンビニで売られた惣菜とかインスタントやレトルトの物で済ましている
僕にとっはとてもおいしかった。

テーブルに載っているたくあんは僕が今まで食べた事の無い美味しさだった。

「東京の家じゃあ、父ちゃんと母ちゃんは可愛がってくれようるんか?」

おじいちゃんが僕が食べている姿を目を細めて眺めながら僕に聞いた。

「うん」

僕は本当は何と答えればいいのかわからなかったが笑って頷いた。

たぶん、おじいちゃんとおばあちゃんは僕の東京の家の事については
何も知らないのだろう。

「ほんまは、仁美にもたまには帰って来て欲しいんじゃけどなあ」

おばあちゃんが少し寂しそうな表情を浮かべて言った。

それを聞いたおじいちゃんもほんの少しの間、表情を曇らせた。

コチコチと音を立てながら動き続けていた振り子の柱時計が7回鐘を鳴らした。

「ほいじゃけど、今日はやっと慎ちゃんの顔が見れたけえなあ。
うちらあ、ほんに楽しみにしようったんよ」

「今までずっと写真だけじゃったけえのう」

おじいちゃんとおばあちゃんはそう言って頬を綻ばせて僕の顔を眺めた。

僕はこれまで、・・・少なくとももうずっと長い間、誰かにそんな風に優しく接して
貰った事が無かったので、とまどってしまい、ただ曖昧に笑っているしか無かった。

晩御飯の後、風呂に入り九時を過ぎた頃におばあちゃんが2階の昔僕の母が
使っていたと言う部屋に布団を敷いて蚊帳を吊ってくれた。

「今日は長い事、汽車に乗っとって疲れたじゃろうけえ、ゆっくり寝みんさい」

僕はおじいちゃんとおばあちゃんに「おやすみなさい」と言った後、2階に上って
東京の家から持って来たパジャマに着替えた。

蛍光灯からぶら下がった紐を引っ張って灯を消して蚊帳の中の布団に横になり
タオルケットに包まった。

蚊帳の外には微風で回っている扇風機が首を左右に振っていて、その風が当たらない
所には蚊取り線香が置いてある。

窓の網戸の向こうからは虫と田んぼの蛙の鳴き声が聞こえた。

蚊帳の中で寝るのは生まれてはじめて、畳の上で寝るのもたぶん生まれて
初めてだった。

今日は朝九時過ぎに東京、江東区のマンション12階にある自宅を出てからは
ずっと生まれて初めての連続だった。

下の階の振り子時計が9時半の鐘を1つ鳴らすのが聞こえた。

僕はこの部屋に子供の頃の母が眠っていた事を想像してみる。

「仁美は何もありゃあせん、この田舎が好いとりゃあせんかったけんのう」

おじいちゃんが言っていた。

何かにつけて派手好みで見栄はりな母がこの家に生まれ育ったと言うのは
何だか不思議な気がした。

振り子時計が10回鐘を鳴らすのが聞こえた。

次の鐘が聞こえる前に僕は眠りの中に入って行った。

・・・

僕がおじいちゃんとおばあちゃんの家に来てから4日目の朝になった。

その日の朝も僕は畑に野菜を採りに行くおばあちゃんについて行って手伝った。

しばらくすると川田恵が今日も手伝いにやって来た。

彼女は午後の3時くらいにも、パンケーキやお菓子をいっぱい作って持って来て
くれて昨日と一昨日はそれを4人で食べて過ごした。

畑にはナス、きゅうり、オクラ、かぼちゃ、紫蘇、の他にスイカも植えられていた。

今まで、スーパーやコンビニとかでパックにラップで包装されたり、陳列台の箱の
上に並べられた野菜ばかり見ていた僕には実っているのを直に収穫するのは
楽しかったし今まで感じた事の無い気持ちよさがあった。

畑から戻って川田恵が家に帰って行った後、しばらくしてから僕は貰った麦わら帽子を
被って散歩に出た。

コンクリートの橋を渡って川を越え、駅前の店でソーダアイスを買って、駅舎の横に
咲いた大きな向日葵の花をぼんやりと眺めながら食べた。

それからまた来た道を戻って帰る途中、コンクリートの橋の上を歩いている時
向こうの方から手に釣竿を持って自転車を漕いで来る、坊主頭の山下ケンジが
近付いて来るのが見えた。

自転車の前の籠に入った道具箱がカタコトと音を立てながら揺れている。

山下ケンジとは昨日のちょうど今くらいの時間、僕が川田恵と山から張り出した
丘の向こう側にある分校の校庭まで歩いて行った時に出会った、川田恵と
2人だけの分校の3年生だ。

川田恵は彼の事を「キンカン」と呼んでいた。

「何をしよるん」

山下ケンジが自転車を止めて言った。

「散歩から帰る途中」

僕が答えた。

「確かあさっての朝にはもう東京に戻るんじゃったのう?」

「うん」

「ほうか・・・ワシぁ、これからこの橋の下で釣りしょう思よったんじゃけど、
一緒にせんか?」

「僕はやった事無いし、道具も持ってないけど」

「ワシのを貸しちゃるけん」

後ろの荷台を見ると確かにもう一本竿が魚を入れる網の様なものと一緒に
括り付けられている。

何で1本の竿だけは右手に持って自転車に乗っているのかは僕には
よくわからなかった。

昼ご飯の時間までには帰らなければならなかったが、興味があったので
それまでの時間、やらせて貰う事にした。

橋の下の川原の日陰になった所に行って、山下ケンジに糸や針の結び方
とか浮きと重りの仕掛けのやり方から餌のつけ方まで全部教わって
川に釣り糸をたらした。

水面に浮かんだ浮きを見ていると、やがて僕の浮きの方が先にピクピクと
小さく動き出した。

「引いとる、引いとる」

山下ケンジが言った。

浮きが大きく沈んで行った時に竿を引き上げるとググッとした手応えがあって
水面が一瞬銀色に光った後、15センチほどの鮒が釣れ上がった。

僕は初めて味わう魚を釣った感触に感動した。

それから、再び糸を水面にたらし、しばらくの間、ぼんやりとしていた。

橋の下から空を見上げると眩しさを感じる青さの空に輪郭のはっきりした
大きな入道雲が強い日差しに白く輝きながら湧き上がっていた。

青い空の高い所に鳶がゆっくりと旋回しているのが見える。

周囲をぐるりと取り囲んでいる高低様々の山々の緑は真夏の午前の陽光を
受けて鮮やかに照り輝いて見えた。

この橋の下の川原からだと周りの蝉の鳴声は鳴き声は少しだけじんわりとして
聞こえた。

僕らがいる橋の下の日陰を一瞬だけひんやりとした風が吹き抜けて行った。

僕はゆっくりと時間が流れて行くのを感じながら、自分が今特別な季節の
特別な時間の中に感じた。









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2014/09/04 21:53
スイカ食べて釣りをして。女の子と出会って。
カブトムシとかクワガタとか、虫とりもするのでしょうか。
これぞ日本の、王道の夏休み、と言う感じですね^^
恵ちゃんとこれからどう絡んでいくんでしょう。
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2014/09/01 23:02
おじいさんおばあさんの家や周りの景色が五感でわかるような素敵な文ですね

懐かしい祖母に逢いたくなりましたヽ(*´∀`)ノ
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2014/09/01 22:48
 今は亡き祖父と祖母のことを想い出しながら読みました。
 非常に美しい文章だと思います。
 次も必ず読みに来ます。
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2014/09/01 19:42
自分が初めて釣ったお魚のことを思い出しました^^

私はいま田舎と言われている場所にいますが
周りが賑やかなので なかなか実感できないでいますww
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2014/09/01 11:33
ラストで説明されるでありましょう題名『ルフランという』の意味が判りませんが、
美少女がらみの夏休み・思い出が、被さってくるのだろうなあと想像しています
後編をお待ちしています ゆっくりどうぞ


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2014/09/01 11:25
都会から来た少年には
どんなことも 不思議なんでしょうねw

リアルに田舎暮らしなもんだから^^;
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2014/09/01 03:59
井上陽水「少年時代」という曲だったか、母が好きでしたけど、そんな雰囲気です
子供の時、魚釣りではじめての一匹は格別ですよね



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