歌は世につれ世は歌につれ
- カテゴリ:日記
- 2014/11/16 17:28:11
日本の軍歌
辻田真佐憲
幻冬舎新書
「軍歌」と聞くと、「硬い」「泥臭い」「古臭い」といったような言葉を連想する。
ただし、これは今の感覚、しかも個人的な感覚でしかない。
軍歌が作られた当時のレコード(もしくは楽譜)の販売データからすると、軍歌は決して、上から押し付けられたものではなく、当時の「ヒットソング」であった事が分かる。
そんな軍歌の誕生から末路までを解説したもの。
ただ、本書では軍歌を「政治的エンターテインメント」として捉えている事が特徴。
当初(明治初期)は「日本人」という発想自体が希薄だったため、国民の意識を同じ方向に向けるための(安上がりな)道具の一つとして使われた軍歌。
日清戦争の頃に「国民的エンターテインメント」として普及、それ以降、政治的スローガンの刷り込み、ニュース速報の道具として使われるようになる。
1885年(初めての軍歌「来たれや来たれ」が登場した年)から終戦の1945年までに作られた曲は一万超。
単純に計算すると、1年当たり約167曲。
ざっくりと、2日に1曲、作られていた事になる。
直感的に異常なくらいの数、と思ったが、やはり他国と比べても、この数は、多い方らし
い。
これだけの数を上(政府)が作れるわけもなく、当初はエリート官僚が作成していたが、普及するにつれ、民間の方が活発に軍歌を作っていたそうだ。
新聞社主催の歌詞募集の懸賞まで設けられたとか。
「今、軍歌が作られたとしたら、アイドルが軍歌を歌うだろう」という一文が印象に残る。
歌詞なしで聞いたら、普通のポップスとして聞けるような曲だろう。
ところで、「歌は世につれ世は歌につれ」と言われるが、軍歌も例外ではなかった。
日清戦争、日露戦争の頃は、イケイケドンドンという感じ(日露戦争の頃は若干、マンネリ化もあったが)
そして太平洋戦争末期の頃になると、「断じて斃せ」とか「命が的だ」とか、(今の感覚で見ると)ムチャクチャか、悲鳴としか思えない内容になってくる。
当時の人は、どんな気持ちで、この軍歌を聞いたのだろうか・・・。
印象に残ったのは、1930年代以降のレコードの検閲の話。
検閲する側の体勢が脆弱だったため、レコード会社側に「自主規制」を行わせた。
作詞、作曲者は当局に睨まれたくない、レコード会社は、せっかく作ったレコードが発禁にされては丸々、損になる、検閲する側は全てをチェックする必要がない、と利害が一致し、「利益共同体」ができあがる。
著者によると、このような利益共同体ができてしまうと、「マズイ」と思っても、止められなくなる、という。
ちょっと考えただけでも、思い当たるフシが多々ある。
巨大公共事業。
選挙違反でよくある話。
そして、遥かにスケールダウンして、御用組合(会社の経営側の意のままになる従業員組合)
第三者の立場から、こういう仕組みの問題点は指摘できるが、では実際に問題の解決方法は?と聞かれると、お手上げ。
かなりの荒療治以外に止める方法はあるのだろうか。
(↑変わらない)
擦り合い スをグに変えたら コワイカモ (|彡サッ)
AKBでなかったら、艦これ、ガルパンのキャラに歌わせるのかもしれません。
>MOGさん
ネット社会では、どんな風になるか、見てみたいような、見たくないような・・・。
>四季さん
ニュースでは聞かなくなりましたが、おそらく水面下に潜ったのでしょう。
「談合」というと悪いイメージですが、「譲り合い」とかにすると、内容が変わってないのに、随分、違うイメージになりますね。
池井戸潤さんの「鉄の骨」を読むと、談合がなくならないシステムがよく判ったような・・・
荒治療のばあい、納税者が不利益を被らないかがポイントになりそうですね
AKB48に軍歌を歌わせるのかしら~~(苦笑)。
アキバ系男子は、ミニタリー物が大好きな人が多いから、
意外に受けるかもしれませんわ!!(笑)