Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(110)

 俺たちの現在いる位置は、踊るために空けられたスペースよりわずかに外側なので、中央寄りに数歩進む。
 クリスが優美な仕草でこちらへ向き直り、一礼する。あわててこちらもお辞儀。差し出された手をとって、所定の位置で組む。
 「そんなにあわてなくても…まあいいか」
 苦笑をそのまま微笑みに変え、軽やかにステップを踏み出す。
 かなりあちこち引っ張り廻したのに、まるで体重がないかのようについてくる。
 「そんなに振り回したら、周りに迷惑だと思わんか?」
 「ちゃんと周りは見えてる。そもそも、この密度で人にぶつかるのは難しいんじゃないか?」
 「…わざとぶつかって、謝るアレクを見るのも一興かもしれんな」
 たとえ冗談でも、そんな恐ろしい事言わないでほしい。しかもクリスだったら実行しそうだ。
 踊りながら嘆息する、というのは、なかなか難しい。

 曲が終わった。
 組んだ手を解き、半歩下がる。
 クリスの右手をすくい上げて膝を折り、手の甲にキスする。
 おもむろに立ち上がり、クリスの手を取ったまま壁際に退く。
 「…どこで覚えたんだ?さっきの所作」
 給仕から受け取った飲み物に口をつけた後、クリスが怪訝そうに言う。
 「見よう見まね、だな。ダンスの始まりはいつも見落とすが、終わる頃は暇になってるからな。あれくらいしないと、殺伐とした会話の埋め合わせにはならんだろう」
 「殺伐?いつもあんなもんだろうが」
 「場の雰囲気というものがあるだろうが。…せっかく申し分なく「お美しいですね」って褒められる格好をしているのに」
 クリスが目を丸くしてこちらを見る。
 「…今、何て?」
 「…は?」
 「今、何て言った?」
 「…場の雰囲気というものが」
 「そのあと」
 そんなに驚かれるような事を言ったつもりはないが。
 「…ああ、「申し分なく、お美しい」…言った事なかったか?」
 「…………アレクの口から、そんな言葉聞くのは、初めてだと思う。やっぱり、こっそり中身を」
 「あるいはまだ昨夜のアルコールが残っているのかもな」
 これくらいで驚くなら、もう少しサービスしてやってもいいかな。
 表情と声を多少造る。
 「本当に、美しい。大輪の深紅の薔薇のようだ。いや、あなたの前では、薔薇の花も色褪せてしまうだろう。…この薔薇を手折らせていただいてもよろしいか?」
 「…そなたにならば、いつなりと」
 言葉を口にするまでの表情の変化が見物だった。驚愕。不審。含羞。驕慢。…最後のは、演技だろうと思うが。
 「…いい雰囲気のところを、申し訳ありませんが」
 背後で、聞き覚えのある声がする。いつかは出くわすだろうと思っていたが、この場で一番会いたくない奴の声だ。
 「無粋な方ですね。人がご婦人を口説いている最中だというのに」
 「「口説く」というのは、すでにものにした相手に対して使うものではないでしょう?それとも、まだ独り占めし足りないとでも?」
 「…あら、お知り合いですの?」
 「あなたにも、ちょうど一年前、お会いしていますよ。今のような艶やかな格好はしていませんでしたが」
 「ちょうど一年前…?」
 クリスが中空に視線を漂わせる。続けて口許に手をやって俯く。本気で覚えていないようだ。
 「…まったく、つれないお方だ。もう一度名乗らなければならないのでしょうか?」
 「……申し訳ありません。わたくし、人の名を覚えるのが苦手で」
 …それは解る。エリオット家の双子の事を思えば。
 「まあ、三カ月後に再会した時も、全く覚えてらっしゃらないようでしたし、覚悟はしていましたが」
 「三か月……「学院」の方ですの?」
 寮長――この場合は、フレデリック卿、というべきか?――は、それはそれは深く嘆息した。
 「…言ったとおりだろう?覚えちゃいない、って」
 「…そのようですね。クリスティーナ。こちらは、フレデリック・センダック。学院では、男子寮の寮長を務めてらっしゃる」
 「…」
 「入寮の際、お目もじ仕ったと思いますが?」
 フレデリックが、クリスの前で優美に腰を折る。さすがに様になっている。
 「…申し訳ありません。わたくし、あの時、女子寮の寮長のお名前を覚えるのに必死で…最初から覚えるつもりがなくて」
 覚えるつもりがない。…それは酷い。
 「フレデリック…女子寮の寮長は、そんなに覚えにくい名前だったでしょうか?」
 「さてねえ?…そういう君も、まさか女子寮の寮長の名を覚えていないのでは?」
 「えーと…エリーゼ、ガートルード、メレディス、の誰かが寮長で、残りが副寮長、ではありませんでしたか?」
 「そんな訳はなかったか。…寮長はガートルード、だ」
 「ガートルード・ボウモンド、というのは、そんなに覚えにくい名前でしたか?クリスティーナ」
 「…そんな、意地の悪い事を言わないでくださいませな。フレデリック様のお名前を忘れていたのは謝りますから」

#日記広場:自作小説

アバター
2009/09/17 07:52
ほぼ同じ内容がココログにアップしてあります。
カテゴリ「契約の龍」でまとめてあります。↓
http://mapuco.cocolog-nifty.com/blog/cat21552933/index.html

ニコッとにアップするにはヤバ目の内容も、いくらか入ってます。
アバター
2009/09/07 00:04
お願いします!
出版してください <(_ _)>

溜まってしまいました・・・ どこから読んでいいのやら ( ̄□ ̄;)!!
アバター
2009/09/05 22:20
初めまして。
ここまで書き続けるってすごいですね。
文章もとても綺麗ですし尊敬してしまいます。

これからも楽しみにしていますね。



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