お菓子の思い出 (中篇)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/03/29 22:51:29
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「きょうとにむかってこくどう1ごうせんを2きろ、ばすてい○○○のべんちのこしかけのうら」
「えっ?」
11月14日午後8時20分、緊張した表情で受話器を取った丸一食品工業大阪本社
総務部長・服部一雄は聞こえて来た子供の声にはじめ自分の耳を疑った。
明らかに何かに書かれているものを読み上げている様なたどたどしい抑揚の無い声であった為と自身の極度の緊張の為に、はじめのうちは言っている事がよく理解出来なかった。
テープに録音されたものをさらに録り直しているらしく同じ言葉が4回繰り返された。
・・・
「現在、犯人から架電中・・・」
その報告が伝えられると、大阪府警本部庁舎4階に設けられた指揮本部
「広域重要指定11○号総合対策室」は緊迫した空気に包まれた。
「連中は今晩、出て来るやろか」
意気込んだ表情で腕組みをして対策室の上座にどっかりと腰を下ろしていた
大阪府警捜査1課長、神林哲男は誰に言うともなくつぶやいた。
この日、警察はその威信をかけて警察庁広域重要指定11○号の犯人グループを検挙
するべく、2府4県と言う広大な範囲に捜査網を敷いていた。
その陣容は、大阪府警の捜査員359名、捜査車両55台をはじめとして、
京都府警、126人43台、兵庫県警115名23台その他近隣の3県警を
合わせると総勢924人、車両206台と言う空前の規模の物だった。
「録音されたテープで同じ内容が4回繰り返された。テープの声はおそらく子供」
その報告内容が総合対策室内に広がると詰め掛けていた刑事達の間から
どよめきが起こった。
・・・
電話を受けた服部総務部長はその後、すぐに京都郊外にあるレストラン
「和食処 みやび亭」で待機している、総務課長と総務副課長・・・に扮した
捜査員に電話をかけてその内容を伝えた。
午後8時27分、髪型を整え、ネクタイをきっちり締めたスーツ姿の捜査員2人は
「みやび亭」の店内を出て駐車場に停めたワゴン車に乗り込んだ。
後部座席に置かれた2つの白いビニールバッグにはそれぞれに古い一万円紙幣
500枚を束ねた束が10束ずつ入っていた。
ワゴン車は駐車場を出て、トラックの往来が目立つ様になって来た夜の国道1号線を
京都方向に向かって走らせる。
10分程走った所で指定されたバス停にたどり着いた。
街中から外れた幹線道路沿いにある夜のバス停付近には人の姿が無かった。
バス停の少し手前でワゴン車を停め、一人が車を降りてバス停の方に走り寄って行った。
待合ベンチの下を覗き込むとそこに封筒がテープで貼り付けられていた。
「おまえらのことみはっとるで。京都南インターから名神にはいれ。なごや方面へ
じそく85キロで走って○○サービスエリアまで行け。サービスエリアに入ったら
○印のあたりに車をとめるんや。目のまえの×印のところにあるあんない図の
うらに手紙はってある。みたらかいてあるとおりにするんや」
中の手紙を取り出した捜査員はスーツの下のマイクに声が届く様に注意しながら
その場で中の文章を読み上げた。タイプライターを使って打たれた文章の他に
○と×が記されたサービスエリアの略図が書かれていた。
このバス停から京都南インターは目と鼻の距離にある。
・・・
「やっぱり高速を使って来よったな」
総合対策室にいる、神林一課長は腕組みしたままで言った。
「名神上がりに入ったとなると、現金受け渡しにホシが現れるのはS県内・・・遠くても
G県あたりでしょうか」
刑事の1人が言った。
「まだ、わからん。とにかくは○○SAや。いよいよここからが正念場やでえ」
神林は表情を厳しくして声を挙げた。
・・・
午後8時39分○○○バス停を出発した、ワゴン車は数百メートル先の京都南インターから
名神高速上りに入って走行車線を85キロで走行、午後8時57分にS県内にある
○○サービスエリア内の手紙に記された印付近の空いていた駐車スペースに車を停めた。
すぐに1人が車から降りて、すぐ目の前にあった、手紙で×印で示されていたものと
思われる、エリア内案内図の方へ足早に向かって行った。
案内図の裏側に封筒が貼り付けられていた。
「これを見たらすぐに動け。高そくにもどって、85キロで走行してKパーキングエリアまで
走るんや。パーキングのひょうしき見おとすんやないで。パーキング内の×印の所に
あるベンチのうらがわに手紙はってある。それをみたら言うとおりにするんや。」
捜査員2人の乗ったワゴン車は再び高速道に戻り、85キロで東に向かって走った。
サービスエリアを出てから21分後の午後9時22分、Kパーキングエリアに到着。
エリア内には多くの長距離トラックが停まっていた。すぐに図に示された場所に
あるベンチの裏側から貼り付けられた封筒が発見された。
「これをみたらすぐに動け。ここをでたあと、高速の走行車せんをじそく60キロで走れ。
左がわのさくに30センチ×90センチの白いぬのがみえたらそこのろそくたいでとまれ。
白いぬのの下にあるあきかんに手紙が入れてある。みたらいうとおりにするんや」
・・・
「高速道路上の防護柵に白い布・・・これや!」
大阪府警本庁舎4階の総合対策室で、神林捜査1課長は大声を張り上げた。
神林は立ち上がり様、地図が広げられた卓上に走り寄って行った。
「現金受け受け渡し場所は、おそらくこの白い布がある場所や!」
そう言いながら、広げられた地図上の名神高速道路Kパーキングエリアを指差し
そこから東へ高速道路を指でなぞって行った。
Kパーキングエリアを東に行くと高速道はすぐに住宅地を離れて水田を広がった中を
走り、そこからしばらくは高速道と併走する一般道路も高速からは離れた所を
走っている。しかし地図の上をさらに数キロばかりなぞって行くと名神高速と
S県の県道が交差している地点があった。
地図で見る限り、その地点周辺は水田が広がっているばかりの何も無くて
交通量も人通りも無い場所の様に思える。
神林は刑事の勘で、白い布はこの県道○○号線の直上にあると睨み、その予想に
強い自信を持った。
「すぐに、周辺の併走車両と待機車両を動員して、この県道周辺と名神高速を
封鎖出来る体制をとるんや」
神林は周辺に向かって大声を上げた。
・・・
午後9時24分、Kパーキングエリアを出発したワゴン車は高速道路に出て
路側帯を40キロほどの低速で走りながら東に向かった。
すぐ真横の本車線を何台ものトラックが唸りを上げて通りすぎて行った。
捜査員の一人はイヤホンから、「配備完了」の連絡が入るのを待っていた。
連絡が来るまでの時間が長く感じられた。
やがて「配備完了」の連絡が入り、ワゴン車はややスピードを上げた。
午後9時45分、路側帯を走行中のワゴン車は防護柵に白い布が取り付けられて
いるのを発見して停止した。すぐに助手席に乗った捜査員が車を降りて、白い布の
下を探したが空き缶は見つからなかった。柵の外に目をやるとすぐ下を2車線の
道路が交差して伸びているのが見えた。
道路には走っている車も無く周辺は真っ暗な闇に包まれていた。
その地点は神林が予想した通りの場所だった。
・・・
「空き缶が見つからん?よく探す様に言うんや」
報告を聞いた神林は心中に焦りと失望が浮かんで来るのを感じた。
結局、空き缶も不審者も見つからないまま、午後10時20分、捜査は打ち切られた。
どきどきどき
甘い思い出から一転したような
一話を読んだ所 幼い子供の初恋ものかしらなどと思いましたが
風景がイメージできるだけに この展開がとても面白いです。
湿った匂いと相対して 夢の中の様などこか冷めた感じが好きです。