Nicotto Town


小説日記。


企画短編



# - 毒人参のジュース



 うそつき。




「はーい二人とも、お疲れ様」

 夏。
 他に表す言葉もないくらいに。

「カキ氷だ!」

 盆に載せた三つのカキ氷。
 透明な容器の中に、冷たく白い山が聳える。
 用意したシロップは信号機の色をして、視覚的に暑さを追い出す。

「死傷(しいた)はイチゴ?」

 子供みたいな歓声を上げた彼女にカキ氷を一つ手渡し、真っ赤なシロップをこれでもかと雪山に垂らした。おまけに練乳を三周回しかける。

「枢(かなめ)は?ブルーハワイって顔でも無いよなぁ。まあ良いや」

 失礼なことを言いながら、無表情を僅かに怪訝そうに曇らせた彼にもカキ氷を手渡す。真っ青なシロップは見るからに身体に悪そうだ。同じように練乳を回しかけてやる。
 銀のスプーンを二人のカキ氷に刺して、最後の一本を自分で咥える。
 レモンのシロップは自分のカキ氷に。
 目に染みるような色だ。それでもイチゴやブルーハワイほど毒々しい色でもない。

「午後から雷だって」

 一口含めばキンと喉の奥まで冷える。
 病みつきになって三口ほど甘酸っぱさを楽しむ。襲ってきた頭痛さえも、この暴力的な暑さには丁度いい。
 冷たい息を吐いて、彼女が言った台詞に「知ってる」答える。

「このあとは?二人はデート?それは無いか」

 自分で言って、自分で可笑しくなって笑ってしまった。
 違うよ、だなんて彼女は頬を染めてみせたので、器官に入って噎せるところだった。
 烏の濡れ羽色をした髪を揺らし、彼は僅かに黒目がちな瞳を伏せたような気がしたけれど無視した。
 見ればもうカキ氷を食べ終わっている。たぶん全部流し込んだんだろう。
 彼は自他ともに認める味覚障害だ。

「ま、雨降っちゃう前に帰んなよ」

 ご馳走様、と空になった容器を盆に置いた。スプーンを投げ入れれば、硝子を叩く良い音がする。
 申し訳なさそうな顔をした彼女の小豆色の髪を撫でてやりながら、少し陰りの出てきた空を見上げた。

「…………じゃあ、また明日」

 片付けを手伝ってもらって、玄関から二人を見送った。
 さっきみたいな団欒には丁度いいけれど、送り出すには縁側は不便だ。
 ぶっきらぼうに言う彼が、暑そうな着物を裾を翻して立ち上がるのに続いて彼女も玄関へと降りる。
 彼女は相変わらず上から下まで可愛らしい。背も低いし、一九歳にはとても見えない。

「……またね、あるる君」
「はいはい、またね」

 控えめに手を振った彼女にひらひらと別れの挨拶をして、苦笑する。
 なんだかんだ上手くやれてるみたいで安心した。
 このあと二人が何をするのか知らないけど、聞き出すほど野暮じゃない。
 好きな奴が出来たなら、その時は応援してやるよ。嫌だけど。
 ……なーんちゃって。




「…………どうして泣いてるの?」

 曇り空。
 灰色の世界。
 土砂降りの雨。
 狭い路地裏。

 それが、全てだった。

「………………どうして泣いてるの?」

 尋ねた声に返ってくる。
 言われて初めて、やっと気づいた。
 
 泣いてるのは、自分だった。

 蹲る幼い少女が顔を上げる。
 煤けた頬、焦げた髪。
 破けた服、痛々しい火傷。
 閉じた、片目。

「…………………………わからない」

 忘れて、しまった。
 忘れるのは、嫌だと思っていた。
 でも、覚えているほうがもっと、辛いことも知っていた。

 蓋をした。
 二度と出てこないように。
 忘れる代わりに、おやすみをした。

「…………そう。わたしも」

 少女は答えた。
 そのまま、顔を伏せてしまった。

 だから手を差し伸べた。
 なら、お互いの記憶に蓋をしよう。

 寄り添ってくれるなら、誰でも良かったんだ。


*****

企画 / Twitterより 「人畜無街」様




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