Nicotto Town



自作小説倶楽部4月投稿2

『世界はウソで回っている』後編
4日目の夕方
家に帰る途中の公衆電話の前でミユキと出くわした。
「携帯つながりにくくて不便だろ」
「全然、連絡取る友達もいないの」
「ずっとここに住むつもり?」
「子供を育てられればどこでもいいわ。ここは食費はかからないみたいね」
ミユキが見せたビニール袋は村人からもらった食べ物が詰まっていた。
家に帰って、ミユキが寝るのを確認してから僕は兄貴を押入から引きずり出した。
「どうするつもりだよ。あの娘のことも自分の人生も」
「俺には無理だ。第一借金取りに追われている。一番ヤバい所に500万円払わないとコンクリ詰めだ」
「500万?!」
その時、外に車が停まる音がした。
兄貴は飛び上がって、一度裏口に走ったが解錠出来なかったらしく再び押入に潜り込んだ。
「俺は居ないと言ってくれ」
しかし鍵が掛かっていなかった玄関から頬に傷のある男が飛び込んで来て、僕は間一髪で衝突を避け、男は押入から兄貴を引きずり出した。
「もう逃さん!腎臓売ってでも金を返してもらうからな!」
ヒィーーっと兄貴が小さく悲鳴を上げた。借金取りはそのまま兄貴を引きずって行こうとする。
「待って下さい!」
借金取りの視線が僕に向いた。ナイフでなぞられるように顔の皮膚がちりちりした。
「いくら払えば兄貴を見逃してもらえるんでしょう」
「あんたはこのロクデナシの弟か。儂のとこは悪徳じゃないから基本は本人に払ってもらうことになってる。どうしてもと言うなら払って貰おう。損金付けて600万」
僕は婆様の肖像写真の裏から預金通帳を取り出し、印鑑と一緒に借金取りに渡した。通帳を開いた借金取りが数字と僕たちの顔を交互に見た。
「オイ、こりゃあ、とっくの昔に引き出して口座はカラッポなんてことじゃないのか?」
「まだ600万全額入ってます。もともと爺様の遺産で兄貴の取り分です」
借金取りは外で待たせていた子分にそれらを渡すと居間にどっかと座り込んだ。
5日目
残高があることはすぐ確認出来たが、その他の手続きで僕たちが解放されたのは次の日の昼過ぎだった。
借金取りが帰ると兄貴の物言いたげな視線に気が付いた。
「嘘を言ったのは謝るよ。追われてるなんて思わなかったから」
「いいよ。爺様の遺産なんて俺が持ってたら、とっくに使い切っていたはずだ」
「これからどうする?」
「やっぱり出て行く。お前は覚えていないだろうけど父さんや母さんが生きていた頃に住んでいた狭苦しい団地がいまだに懐かしいと思うことがある。子供の頃はずっとそこに帰りたかった」
両親が死んだのはもう30年以上前のことだ。しかし兄貴の人生に影を落としたのは確かだった。
「この村が嫌いだ。俺の家出を〈神隠し〉で片付ける事なかれ主義も。あっさり受け入れたお前が羨ましくもあった」
6日目 夜明け前
兄貴は僕に5万円借りると早めに飛行機に乗ると言って夜明け前に出て行った。兄貴を見送ってすっかり目が覚めてしまった僕は散らかった部屋を掃除してから縁側に座って夜が明け始めた村の景色を眺めていた。
「ねえ、お兄さんが町でどんな生活をしていたか知りたくない?」
いつの間にかミユキが背後に立って言った。振り向くと化粧をしていない彼女の白い顔は弱々しくも美しく見えた。
「知りたくないよ。そんな事より、あの借金取りに兄貴の居場所を教えたのは君だろう」
「そうよ。認知はしてくれないし、とても酷いことを言われたから。怒った?あたしを追い出す?」
「怒ってない。確認しただけ。この家には好きなだけ居ればいい。僕もね。兄貴に言わなきゃならない事をたくさん黙っていたから」
爺様が死んだ後、弁護士の先生に財産目録を見せられた僕は本気で腰を抜かした。いくつかの銀行には8ケタ以上の金額が預けられていた。爺様はかつて株と不動産取引で巨万の富を築いた資産家だったのだ。勘当息子が僕たちの父親だが、爺様の商売敵はそれに構わす両親を誘拐、挙げ句、殺してしまった。爺様がすべての事業の売却、婆様と孫二人を連れて田舎に引っ込んだのはそれからだ。
遺産で僕は金融を学びウォール街で少しだけ成功した。しかし気が付くと当時の妻を含めてすべての人間が僕の財産を狙っているという妄想にとらわれていて離婚と仕事も辞めて故郷に戻ることを決めた。

目を閉じてミユキの子供が成人するまでの生活費を計算していると隣にミユキが座る気配がした。

アバター
2015/05/05 23:46
僕もミユキもおばちゃんたちも借金取りも、みんなしたたか。
金髪でDQにしか見えない神隠し兄さんが、実は一番純粋で不器用だという……。
外国で幸せになるといいなぁ;
アバター
2015/05/05 05:16
サスペンスはミステリの1ジャンルなのでミステリのレイアウトを踏むとそれなりの長さになってしまいます 6000字くらにはなってしまいますよね。心理描写もよく描けていて、なかなかよい作品だと思いました

アバター
2015/05/03 07:23
隣にすわったミユキさん
そこにいるという気配も妄想でしょうか
哀しくもあり滑稽でもあり疑念が最後まで残るお話でした
アバター
2015/05/02 11:26
隣に座るというか居座るミユキ。それは「僕」への愛かそれも嘘か。興味深く拝見しました。
アバター
2015/04/30 23:46
金は人を狂わせますね。



月別アーカイブ

2024

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010

2009


Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.