Nicotto Town


A Balearic Dinner


【サークル企画・幻想短篇】アルカディアの花


私はしばらく、夢の中の理想郷で暮らしていました。

理想郷とは言っても、現代の都会暮らしと殆ど変わらず、
特に不便の無い1LDKの部屋に、不満の無い仕事、
そして部屋には花好きで、物静かな伴侶(夫か恋人かはよくわかりません)が居ます。

夢の中ですので、時間の間隔は変わり
その暮らしは数日かあるいは数年にも感じられ
夢の終わりに近づく頃には、
終わりと知っていても後悔無く現実に戻れると、そう感じていました。

彼は私が現実に目覚めると解っている晩に、私に話しかけました、
「この飾ってある一輪の花を持っていって、このアルカディアで僕達が暮らした記憶の証しに」
私は喜んでその一輪の花を受け取りました。


そして私は現実のベッドの上で目覚めると、
左手には現実の一輪の花―――それは夢で見たのと全く同じ色と形の―――が握られています。
私はその有り得ない花に最初は驚き恐怖さえも感じましたが、
それほど間を置かずに、その花を窓際に飾り、一日の終わりに眺める日々を送っています。


私の体験したこの出来事は3つの解釈が出来ると思います。

第一に、私が彼と暮らしたアルカディアこそ現実で、今の私が夢を見ているか、切り離された別の現実に居ると言う事です。
第二に、私の脳が記憶の前後を入れ替え、目覚めた時に手に握っていた花から、アルカディアの夢を一瞬にも満たない時間で作上げたと言う事。
第三に、―――おそらくこれが事実に最も近いと思われますが―――夢の花が現実になるという具現化は、我々の世界ではごく稀にですが、普通に起こりうる現象という事です。
夢と現実を繋ぐ『不変数』は、何も私たちの内側に有るとは限りません。

私自身が、この一輪の花が見てる夢の一部であると言う無矛盾な見立てを誰も否定出来ず、
尚且つそれは私に、”アルカディアの再来”という身体の奥の静かに揺らめく陽炎を、
再び熱く、大きく甦らせる鍵でもあるのです。(完)




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