【伝説】
- カテゴリ:自作小説
- 2009/09/13 21:32:51
あたしが生まれたのは、海の中。親兄弟の事は、覚えていない。
気がついた時には、海の中を泳ぎ回っていた。それはもう、自由自在に。
海の中では、あたしは怖いものなしだった。
だから、油断したんだと思う。
とある内海に入り込んでいた時、それは起こった。辺りが振動し、さすがのあたしもずいぶん揺さぶられた。
何が起こったのか確認しようとして、出られなくなっているのに気付いた。
あたしが空気中に出られる体ならば、何の不都合もなく外に出られる。
だけど、あいにくあたしの体はそういうふうにはできていなかった。
幸いな事に、あたしが動ける空間はあるし、生きて行くのには困らない程の『糧』もある。いつかはどこかに出口が開くだろう、と思い、待つ事にした。
待っている間の大半は、眠っていたのだが。
何度目に目覚めた時だったろうか。あたしの周りにある水が、あたしの馴染んだものよりも「薄く」なっているのに気付いた。
あたしは水の生き物なので、水さえあれば生きて行ける、と思っていたけれど、どうやらそれだけでは十分ではないらしい。
あたしは姿を変えた。より小さな体に。そんな事が出来るなんて、初めて分ったのだが。
その後も何度か、あたしは姿を変えた。より小さく、弱い形に。
ある時、まどろみから目覚めると、ごくわずかだけど、辺りの水に、馴染んだものが増えているのに気付いた。待ち望んだ出口が開いたのかと思い、それが流れ込んで来る方へ、と泳いで行った。
その先に、彼がいた。
彼はひどく傷ついており、その体から流れ出るものが、あたしの馴染んだものと、とてもよく似ていたのだった。
あたしは迷った。
彼の傷を治すかどうか。
あたしの半分は、もっとこれが必要だ、と訴えていた。
けれど、もう半分は、こう命じていた。このまま彼が死んでしまったら、水が悪くなってしまう、治せ、と。
どちらの声に従おうか、と思っていた時、彼が目を開いた。
半ば霞む目があたしに焦点を合わせた。
「ここは?助かった、のか?」
血の気を失った唇がようやくそれだけの言葉を押し出す。
その時のあたしの体は、人の言葉を話せなかったので、直接頭に答えを送った。
『ここがどこだか、は、分らない。とりあえず、今は生きているようだけど、その傷を治さないと、助かったとは言えないと思う』
彼はちょっと目を瞠った。どうやら、さっきの問いは独り言だったらしい。
「…何者?」
いきなり、その問いは失礼では?と思ったけれど、相手は言い回しを選んでいる余裕がないのかもしれない、と思い直した。
『あたしはあたし。少なくとも、あなたと同じ種族ではない』
それは、見れば判る、と、彼は笑った。
こんな綺麗な生き物は、見たことがない、とも。
『ねぇ、その傷、治して欲しい?』
すっかり蒼褪めて、声を出すのも辛そうなのに、その事を気取られまいとする様子に、つい、そう持ち掛けてしまったのは、ものの弾み、というものだと思う。
彼は一瞬目を輝かせたけれど、すぐまた目を閉じた。痛みで意識が朦朧としているか、あるいは既に痛みを感じなくなっていたのかもしれない。
『あたしなら、大丈夫。今の姿は、仮のもの。本当のあたしは、もっと大きくて、強いのよ。だから、こんな傷を治すくらい、平気』
『だけど、代価の持ち合わせが、無い』
声を出すのも、辛くなってきたのか、返事は直接頭に届いた。
『代価なら、あるわ。後払いでいいから』
急がなくては、彼の命が尽きてしまうかもしれない。そうしたら次にここを出られる機会はいつになる?
あたしは彼の返事も聞かずに治療に取り掛かった。
とりあえず、傷は塞いだ。
体力もいくらか回復した。
だが、それだけではだめなことが判った。
彼の脚、だ。
左は動かなくなっていたし、右も感覚がない、という。
「ごめん。このままでは支払いができそうもない」
声が聞きたい、という彼の要望で、治療の間に、あたしはまた姿を変えていた。
「あたしの治療が不十分だったんだから、まだ支払いのことは言わなくていいわ。…でも、動かない脚を動かせるようにするのは…」
「…ひとつだけ、手立ての心当たりがある。代価の支払いも、一緒に済ませることができる…かもしれない」
とても言いにくそうな表情で、彼がその手段を口にした。
それを実行するかどうかは、あたしに決めてほしい、と彼が言った。あたしが失うものの方が、ずっと大きいから、と。
その場にもし、あたしの同族がいたとしたら、おそらくは止めただろう、と思う。だが、あたしは、同族、というものにお目にかかったことがない。
あたしは一人ぼっちは厭だ、と感じるようになってしまったらしかった。
彼と出会ったことで。
そうしてあたしは体を失い、彼と一つになった。
あの綺麗な生き物を目にすることができなくなったのは残念だ、とその後彼はずっとこぼしていた。
こんばんは。
短編夏祭り企画へのご参加有難うございます!
作品ですが、文体もしっかりしていて幻想的な雰囲気があり、素敵だと感じました^^
「あたし」が何なのか、が最後までちょっと曖昧になっている感じが素敵です。後書きから見るに、龍のようですが、確かにそういう神秘的な感じがしますね^^
題名が「伝説」になっているということは、この物語が本編の伝説になっているのでしょうか。
だとすると繋がりが綺麗な物語だな、と思えました^^
それではこれにて失礼します。
ご参加有難うございました^^
ユーサーと龍の出会いですね^^
ココログにUPしてたのを転載しましたが、500字余り削りました。しんどかったあ……