Nicotto Town



自作小説倶楽部11月投稿①

『ダブル』前編

「あら、可愛い」
「え、何?」 
三津枝の声に孫の奈々が疑問符で応じた。当然だ。奈々は電話の向こう。東京にいる。
「ごめん。ごめん。テレビに七五三の様子が映ってたから。奈々の時の七五三を思い出すわ」 
「あはは、あたしは悲惨だったよね。写真撮る前に転んで着物を汚しちゃって」
「あら?そんなことなかったわよ」 
今度は三津枝が疑問符で応じた。10年前、七五三には直接行けなかったが、娘から送ってきた写真には千歳を持って笑う奈々の着物は綺麗で、淡い黄色の地にピンクの花柄がよく似合っていた。やっぱりあの柄でよかったと今でも思う。紫なんて年寄りにはいいけど、小さな女の子には似合わない。
「えっと、おばあちゃんが選んだのは、花柄だったよね」 
少しの沈黙の後、奈々が聞いた。
「そうよ。ちゃんと確かめてね。あんたきっとお正月の時と間違えたのよ」 
あとは当たり障りのない会話が続き。来年の夏には旅行のついでに奈々が三津枝の家を訪ねて来る約束をして電話を切った。
仕方ないな。三津枝はそっとため息をついた。子供の衣装なんて大人の自己満足だ。 
窓から灰色の空を眺める。もうすぐ雪が降る。同居する息子の史郎がいれば雪かきの心配はないだろう。結婚に失敗していまだ独身なのが最大の欠点だ。
唯一の孫の奈々にはできる限りのことをしてやりたい。 
次は七五三とは違う。知らず知らず三津枝は拳を握っていた。
思い出に残る着物を選んであげなくちゃ。 

 

 「ねえ、おばあちゃん。あたしの七五三の着物って紫色だったよね」 
お歳暮のお礼のついでに電話を代わらせた。会話が途切れた少し後、奈々が聞いた。 
「そうよ。紫の地にピンクと手毬の柄」 
五百子はその着物を初めて見た時のことを思い出す。デパートから着物屋まで歩き回って厳選した一品だった。自分に似て色白の奈々にはよく似合った。写真を撮る前に転ばなければもっとよかったのに。しかし、泣き顔の写真も愛嬌があり何度も近所の友達に見せて笑いを誘った。 
「七五三の着物がどうしたの?」 
「えっと、ううん。こないだテレビ見てたら七五三をやってて可愛いなと思って」 
「奈々が一番可愛かったわよ」 
「よしてよ。もう10年も前じゃん」 
照れる奈々の顔を想像して五百子はふふふと笑った。 
電話を切ると階下でばたばた床を踏み抜きそうな足音が聞こえた。男の子が3人、今年一番下も中学生だ。その上揃って運動部。 
唯一の女の孫の奈々が同居だったら良かったのに。末息子だからと奈々の父親を東京で就職させたことが今更悔やまれる。 
窓の外に目を向けると青空のむこうに阿蘇山が見えた

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2015/12/01 21:03
後半を読んで、転ぶ、転ばないのくだりがわかりました^^



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