Nicotto Town


グイ・ネクストの日記帳


ベリルとシャリル


 チルベッタ通りの8丁目は誰もが知る貧民街。

ここ魔法都市ディーンではある意味有名な場所だ。

そこで1人の少年が歌を歌っている。少年の名はベリル・スターレットという。

金髪でエメラルドグリーンの目をしているという事を除けば、どこにでもいる少年だ。茶色のチョッキを着ていてその下は土で汚れた襟のある長袖のシャツ。

 少年の歌は上手く無い。どちらかと言えば音程は合っているが、特別聴きたいと思わせるような美声では無い。

 なのに少年の周囲には人が集まり、伝達魔法である<メモ>を友人や知人に魔法陣を展開させて送っている。

 口コミという奴だろう。住人はそれぞれ信仰している女神がある。それは魔法陣の色を見ればわかる。白い輝きの者は太陽の女神ラースホル・アルディナを信仰し、赤い輝きの者は夜の女神ニュクス・カロライナ・ホルンを信仰している。

 人々は見惚れている。それは少年の歌声にだろうか。

 いいや、少年のそばで笛を吹いているシャリル・スターレットの奏でる曲に耳を傾け、心を躍らせ、今日も自分たちが癒されて行くのを感じているのだ。

 集まった人々は手に持っていたそれぞれの色のコインを投げて行く。少年はそれに気づき、シルクハットの帽子を逆さまにしてコインを受け取っていく。

 そう、少年も知っているのだ。妹の笛の音には不思議な力があると。

 だが、それでも100歩譲っても。

 妹の演奏は上手いわけではなかった。

 そう、どちらかと言えば下手なのだ。

 ただどういうわけか妹が吹きはじめるとすさんだ心は癒されて行くのだった。

 その妹は<今日も>うなずくだけだ。

 ベリルはそれでも話しかける。「シャリル・・・ほら、こんなにたくさんの金貨が今日は入ったよ。ほら、前から言っていたあの美味しいパスタを食べに行こう。イカスミの奴。」と、ベリルはシャリルの手を持つ。

 シャリルはにこっと笑い、微笑む。

 「・・・」ベリルは急に涙を流す。

 「言葉が出ればいいなぁ、シャリル。もっとお金があれば医者にでも見せてやれるのに」と、ベリルは下を向いてしまう。

 シャリルは首を横にふる。

 「・・・ありがとうな。ありがとう」と、ベリルは涙を拭いて立ち上がるとシャリルの手を引いてパスタの店へ向かって歩き出した。

「うぉーい、くそったれ」と、レンガの壁を蹴って歩く男の足取りは乱れていた。顔は赤く、鼻の下には白い髭が混じっている。チョッキを男も着ている。ズボンはやぶけていて、ところどころ肌が見えていた。

 ベリルはびくっと身体を硬直させてしまう。横にいたシャリルはどうしたの?お兄ちゃんという顔をしてベリルを見上げる。

「ひっく。おらおら、見せもんじゃねーぞ」と、男は怒鳴る。

ベリルは下を向いて横を通り過ぎようとした。

「おい、待ちな。さっき演奏していたガキンチョたちだな?コインを置いていきな・・・わかるだろ?コインを全部置いてけって言ってんだよ!」と、男は再び怒鳴った。

「・・・」と、兄をかばうようにシャリルはベリルの前に立つ。

「ちょっとシャリル」と、ベリルは妹の肩をつかみ、後ろに隠れてしまう。

「あんだぁ、お嬢ちゃん。おじちゃんとやろうってかぁ」と、男はシャリルを見ようとする。だが、視線は定まらずに右を見たり、下を見たりと忙しいようだ。

「・・・コイン」と、シャリルはつぶやく。

男の頭上に金のコインが大量に、流れる大河のように出現して男を埋めて行く。

魔法陣は展開されていない。魔法都市のコインは幾重にも結界と封印が施されていて、個人の魔法力では決して創る事などできるはずが無い。

それも魔法陣も無しに。無詠唱などありえない。

 ベリルは金のコインに埋まって行く男が手を出して「た・助け・・・」と、助けを求めている事に気づく。

「おじさん、ほら。」と、ベリルは手を伸ばす。金のコインの上から。

その行為は虚しく終わった。男の手はベリルの手をつかむ事無く、金のコインの下へ埋まって行った。

「・・・消滅。記憶、コイン、人」と、シャリルはまたつぶやく。

「あれ?ボクは一体どうしてこんな格好で地面に向かって手を伸ばしていたんだろう」と、ベリルは辺りをきょろきょろとする。

「・・・」と、シャリルは微笑む。

「ああ、シャリル。そうだ、パスタを食べに行くんだった」と、ベリルは自分が何かに怯えて立ち止まった事と助けを求めた男の事とシャリルがしゃべった事も忘れてパスタを食べるために歩きだした。

 右手の通りを見ると空間転移の魔法陣が在る。魔法陣は白く輝いている。

 術者は黒いフード付きのローブを着ている。ベリルは術者と目が合う。

「何だ?利用したいのか?100コットルだ。払えるならメイプル通り5番街まで転送してやる。あそこには美味しいパスタの食堂、ヤクトがある。追加で50コットル払えるなら店の前に転送する事もできるぞ」と、術者は言う。

「じゃあ、200コットル」と、ベリルは太陽の女神の絵が刻まれた金貨を2枚、術者に渡した。

「ほう?太っ腹だな。たしかに受け取った。では転送魔法陣に乗るがいい」

そう術者に言われてベリルとシャリルは転送魔法陣に乗った。

白い輝きの魔法陣が1つ展開され、続いて3つの円が寄り添い三角形を思わせる。

ベリルとシャリルはパスタの食堂、ヤクトの入口に一瞬でたどり着いた。

店の入口は見上げるほど大きく、コック長である黒髭のおじさんの絵が店の看板として描かれている。白く長い帽子を被り、顔は幼く、舌を出している。

二人は笑顔でうなずき合って店の扉を何とか二人で押し開けて中へ入った。


 その後ろを太陽の女神ラースホル・アルディナのラーの名を名乗る事を許されたラー・スクリュー・マグタイトこと、ラスクは紫の三角帽子を被ったままパスタ屋に入って行く二人の後ろから130センチほどの子どもの姿で入って行った。

「!!ラスク様、これはご機嫌麗しゅう」と、店長パンダロッタは頭を下げる。

「よい。頭を上げよ」と、ラスクは答える。

ベリルとシャリルは店の奥にある4人で座れるテーブル席に陣取っている。

ベリルはイカスミパスタを食べると口が汚れるとか、黒くなるとかそう言った事を口にして大げさに説明している。

 ラスクはすぐに正体がバレたので・・・(紫の三角帽子は最高位の魔術師の証)普段通りの大人の姿に戻る。身長は170ほどまで大きくなり、着ている紫のワンピースからは白い輝きが溢れている。いや、白い太陽が後光となって周囲を照らしている。

 ラスクはそのままの状態でシャリルの前に立つ。

「言葉を話せ、娘。闇と言えば闇にできるか?光と言えば光にできるか?さあ、簡単な単語で良い。言葉を話せ、娘よ」と、ラスクはシャリルに対して言う。

「・・・」シャリルはしゃべらない。

「変な事を言わないでください!妹は言葉がしゃべれないんです。」と、ベリルはラスクを睨む。

「ほう。何も知らぬとは・・・いや、これもそなたの仕業か。記憶を消した残滓がある。その上、幾重にも封印と結界を施しているとは用意周到な事だ。」

「・・・」シャリルはしゃべらない。

「何をわけのわからない事を!妹にできる事は笛を吹く事だけ。妹の笛でボクたちは何とか生きてきたんです。あなたのような魔術師様には分からないでしょうけど」と、ベリルは反論する。酔っぱらいに怯えていたベリルとは別人のようだ

つづく

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2016/03/09 22:50
うんうん!!ふんふん!!
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2016/02/22 10:14
わくわく
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2016/02/22 09:55
小説!集中して読める時に読む 楽しみだ~!



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