Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(111)

 「…では、お詫びのしるしに、一曲お相手いただけませんか?」
 フレデリックがクリスの前にすっと手を差し出す。
 そう来たか。
 「それでお許しいただけるのでしたら」
 ほっとしたような表情を浮かべ、クリスが右手をフレデリックに預ける。
 「じゃあ、ちょっと借りるな」
 と言ってフレデリックがクリスを連れてフロアの中央に向かう。
 借りる、って…その言い方はクリスに失礼だろう、と思ったが、あえて口を閉ざしておく。クリスが不満に思うなら、自分で報復するだろうし。
 クリスから受け取った、空のグラスを、ちょうど通りかかった給仕に返し、何か軽くつまむものはないか、と尋ねてみる。何しろ、半日以上、固形物を口にしていないので。
 広間の一隅で軽食を供している、と聞いたのでそちらへ向かう。
 軽食のテーブルは、カードゲームのテーブルと、ボードゲームのテーブルの間にしつらえてあった。どちらのテーブルにも見知った顔はないし、ゲームも知らない種類なので、食べる方メインにする。ここからだと踊っている人々は目に入らないが、音楽は聞こえてくるから、問題はなかろう。
 見るともなしにゲームの流れを見ていただけ…のつもりだったが、ふと気がつくと、ルールが気になって、熱心に見入っていた。…いつの間にか曲も変わっている。
 「あ、あんなところに」
 背後でクリスの声がした。急いで手にしていたサンドイッチを口に押し込む。
 「何か面白い物でもありまして?」
 さっきよりも近いところで聞こえる。振り向くと予想通り、フレデリックを従えてこちらへ向かって来るところだった。
 「面白い、というか、知らないゲームをやっていたので」
 「……それは、いかにもあなたらしい、けど……何も空腹を隠す必要はなくてよ?」
 …う。…なんでばれた?
 「パン屑が付いているぞ。コドモじゃあるまいし」
 言われて口許を拭うと、確かに異物感がある。
 「で、ルールは判明しまして?」
 「いや…それが、交互に見てたんで、ゲームの流れはともかく、ルールまでは」
 「…ふうん?」
 ひとつ判った事は、カードのテーブルの方は、どうやら一人がカモにされているらしい、という事だが…そもそもルールが不明なので、やり口が解らない。なので、それはあえて口には出さない。
 「ところで、尋ね人は発見されたでしょうか?」
 何か言おうとクリスが口を開いたところで、広間の一角でどよめきが起こった。
 「…どうやら、お出ましのようですわね」
 「そのようですね。…どうしますか?」
 クリスが軽く肩をすくめる。
 「お召しですもの、伺わなくてはね。…では、未来のシヴール准男爵、ごきげんよう」
 フレデリックに向かってにこやかに一礼する。…シヴール?どこの領地だ?准男爵、と言うと、よほどの辺地か。
 クリスに袖をひっぱられたので、慌てて考え事をやめる。
 「あ、フレデリック、またあとで」
 半ばクリスに引きずられるようにしながらどよめきの中心に向かう。人が群れている中心を目指しているので次第に進みにくくなる。
 「……どうしたものかな?進めないぞ」
 「この場にいるような方々が、こんなに物見高いとは思いませんでしたねえ」
 人が密集して、ついに進めなくなった。…クリスがドレスでなかったら、人の間をすり抜けられるかもしれないが…というか、多分、やってる。
 「…仕方がない。あっちから来てもらおう」
 「……どうやって?」
 「申し訳ありませんけど、呼んできていただけませんこと?アレクサンダー様」
 とっておきの微笑を放って言う。
 …要するに使いっ走りがさせたい訳か。だが…
 「呼ぶ、って……」
 「向こうに姿を認識させればいい。こんな目立つ服着せてるんだから、その辺は考えてあるだろう」
 どうだか。ひとつ肩を竦めて、人垣に割って入ろうとすると、
 「ああ、こそこそしないで、堂々とね」
 と注意される。こそこそしてるつもりはないんだが。

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