Nicotto Town



自作小説倶楽部4月投稿

『桜の下の殺人』

1

「死体が埋まっているんです」
女がぼそりと言った。
「その場所はわかりますか? 」
老巡査は女を観察しながら言った。酒に弱いのか自分で節度を守りながら呑んでいたのか、あまりアルコールの臭いはしない。会社の花見でここに来たらしく暗めの色のパンツスーツで眼鏡をかけている。普段はさぞかし知的な美人だろうが、そんな彼女が髪を振り乱して、化粧が崩れるのも構わず泣いている。
「場所はわかりません。わからないんです。あの大きな桜の下かもしれません」
「申訳ありません。そこは以前も調べました。何も出ていません。なんでもいいです。思い出したことを話してください」
「首を絞められました。そして死んだ私を誰かが埋めたんです」
「相手の姿はわかりますか。どんな服装だとか」
「着物?  袖が大きかったような気がします。ああ、私何を言ってるんだろう」
 女が涙をぬぐっていたタオルから顔を上げた。目から靄が取れて急に光が戻ったように見えた。
「あのお、先輩。大丈夫でしょうか」
交番の入り口で様子をうかがっていた後輩OLが気配を察したのか恐る恐る中に入ってきた。
「はい。落ちるのが早かったですね」
老巡査が調書を挟んだファイルを閉じるのと同時に女は自分の醜態に気づき悲鳴を上げた。

2

「だーかーらぁ。死体が埋まってるんや。探すのが警察の仕事やろう」
真っ赤な顔で酒の臭いをぷんぷんさせた白髪交じりの親父はいくつかの不祥事を引き合いに出して、警察が怠慢だとまくし立てた。なだめられるとパイプ椅子が壊れそうな勢いでどっかりと腰を落とす。自己主張は強そうだが、他人にうるさがられて相手にされず日ごろから不満を溜めるタイプのようだ。
「警察は以前から真剣に死体を探してます。しかしとても手掛かりが少なくて見つけられないんです」
若い刑事は酒の臭いと唾に顔をしかめながら聞いた。これも仕事。と心の中でつぶやく。
「こんなに善良な市民のワシが訴えてるっていうのに、警察は事件が起こらな何にもしてくれんっていうことやな」
「ですから手掛かりが無いんです。何でもいいので事件にかかわることを話してください」
「山道を歩いとって首絞められて殺されたそれだけや」
「あ、そこ、もっと詳しく知りたいです。どこへ行こうとしてましたか? 
「女に会いに行こうと。はあ、えらい別嬪で」
「どんな女性でしたか? 
 刑事がペンを調書に走らせようとした瞬間、「浮気者! 」と叫んだ親父の妻の拳が親父の頬にめり込んだ。親父が床の上に引っ繰り返る。妻もかなり呑んでいたので止めに入った刑事まで容赦のない肘鉄を喰らった。

 (3

「えーと。何か。どこか土の下に死体があるって気がするんだ」
「はいはい」
 春用の薄い生地のコートなのに色は黒を着ている刑事はペンを手に取った
「男、いや、やっぱり女の方がいいよね。坂口安吾の小説じゃないけど、殺すなら美人。あ、死体が埋まってるっていうのは別の作家だったよね。まあいいや。男なんて脇役でさ。刑事さんは殺されるのは清楚なお姫様か妖艶な毒婦どっちがいいと思う?  お姫様なら純愛かな。女の子にウケるけどちょっと物足りないよね」
「ん?  あの、ありのままに話して欲しいんだけど」
「いや、理由不明な殺人事件なんて観客から総スカン喰らうこと間違いなし。痴情のもつれの末に男が女を絞め殺す。よくある話だけど上手く脚色すれないいんだ。まあ、脇役も凡人じゃ面白くないから実は貴人の落とし種くらいにしとこうか」
 黒衣の刑事は目の前で延々と話し出す若い男を改めて見た。来ているものは平凡なTシャツにジーンズなのに、ピンクのかつらをかぶり何故か顔は猫のペインティング。そういえば彼を連れて来た友人は頭に黄色のヒヨコの人形を乗せていた。
そのヒヨコ頭から聞いた男の身分を確認する。
近くの芸術大学の学生で舞台芸術科。脚本家志望。
刑事の前で男はさらに延々と話し続けていた。


時計が午前0時を回り、酔客が少なくなると老巡査と二人の刑事は交番で膝を突き合わせてコーヒーを啜った。
「今日は五人ですか。少ない方ですな」
落ち着いた声で老巡査が日誌を確認する。
「目新しいものは何も上がりませんでしたよ」
若い刑事が言った、目をつむれば寝てしまいそうな疲れた顔をしている。
「何もなくて良かったと思うしかないですね。ところでこの交番への人員補充はどうなってますか?  」
「我々も何も聞いてません」
「困りましたな。儂も来年には定年ですから」
 やりたがる人間がいないからという言葉は呑み込んだ。

このT村の山地が切り開かれ、広大な公園になったのは5年前になる。もとからあった古木の八重桜を中心とした公園は観光スポットとしてかなり注目を集め、一般的なソメイヨシノより開花が遅いため実際に花見客が殺到した。
しかし公園横の交番には当初からありがちな酔客とは違う酔っ払い方をする人間がやって来た。いずれもその客たちは『死体があるから探してくれ』と言うのである。屈強な警官たちも次第に気味悪がり、何人もがこのままこの交番にいるくらいなら辞めると言い出した。やむなく調査もし、お祓いもされたが効果もなく現在に至っている。
お祓いの効果が無いのは酔客に憑りついた霊の正体がわからないからだというのが霊能者たちの主張である。
「こういう事件って獏田さんの専門じゃないですか」
年長の刑事に声を掛ける。
「いや~。ラスボスの姿が全く見えずにスライムの相手させられてる感じなんだけど」
「よくわからない例えですが、大体の意味は表情でわかりました」
美しく散っていく桜を眺めながらも三人の警察官ははるか昔に死んだと思しき被害者を恨みながら溜息をついた。

アバター
2016/05/05 23:10
見る者の心ひとつ

惹かれたのは何か呼ぶものがあったのでしょうか
それぞれの人たちが辿った人生の中で垣間見てしまった「桜の下に埋まる死体」
見えてしまった彼らのその後に何も変化がないといいのですが(^-^;
アバター
2016/05/01 21:09
幽霊の目撃情報が出た後、そのすぐ側で同じ服装の遺体が発見されてその幽霊騒動が全国紙にも
取り上げられた例を一つだけ知ってます。

1970年代の首都近県の都市での出来事でした。
アバター
2016/05/01 15:49
日本の土は酸性土壌が多く数十年すると骨まで溶けてしまうことがあるといいます
犠牲者にとっては無念なことでしょう
物語の裏側で、いつか謎解きをしてくれる名探偵が現れ成仏させてくれるものと信じています
アバター
2016/05/01 04:10
桜の古木がある公園横の交番につぎつぎと憑かれた花見客がはいってくる
幽霊は自分の死体をさがしてくれというのだけれども
死体はみつからない
古木の根元に埋まっていると匂わせつつ
未解決
こういう感じはあとをインパクトが強いですね





月別アーカイブ

2024

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010

2009


Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.