Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(112)

 人垣の間を縫って、ようやく中心付近にたどり着く。さすがに中心には自然と空間ができている。人の肩越しに見える二人を見て、ふと既視感を覚える。その理由に思い当たったのと、向こうがこちらに気付いたのは、ほぼ同時だ。
 王妃の方が、今応対している相手に軽く挨拶して、こちらへ向かってくる。正面から見ると、やはりそのドレスは、色は違うが、クリスのものと同じデザインだ。クリスのは、目の覚めるような深紅。それに対して王妃のは雪のような白、だ。普通、逆のような気もしないではないのだが。国王の着ている黒と対にしているのだろう。
 「ごきげんよう。楽しんでらっしゃる?」
 声をかけられたが、こういうとき、なんと答えれば礼儀にかなうのか。
 「…ところで、もう一人の方は、どちらに?」
 戸惑っている様子を見てとったのか、俺の答えを待たずにそう質問される。
 「この人垣に阻まれて、近付く事ができませんでした」
 「…あら。らしくもない」
 ふふ、と、妙に楽しそうに笑う。
 「では、こちらから挨拶に行かなくてはならないのかしらね」
 「…畏れ多い事でございますが」
 「そんなに畏まらなくてもよろしくてよ?こういう場なのだし」
 それ以前に、この人には、どうも苦手意識が。
 不意に、目の前に白い手が差し出される。よく手入れされた、滑らかな手だ。指先の爪は赤く染められている。
 「案内をお願いできる?」
 恭しく取ったその手は、意外なほどに冷たかった。
 「畏まりましてございます」
 「言ってるそばからこれだもの。…あの子がこれを見たら、どういう顔をするか、見ものだわね」
 「あの子」と言うのはクリスの事を指しているのだろうが…何が見物なんだろう?
 さすがに王妃の行く手を遮ろうとする者はいない――脇から声をかけてくる者はいたが、それらは悉くにこやかな笑顔で躱された――ので、復路は往路よりもスムーズだった。
 「ごきげんよう。楽しんでらっしゃる?」
 俺にかけたのと同じ言葉でクリスにも話しかける。……もしかしたら、すべての客に対しても同じなのかもしれない。
 「はい。少なくとも、去年よりは楽しませていただいております」
 「そうだったわね。去年のあなたってば、まるで借りてきた猫みたいに隅っこで縮こまってて……」
 「…それは…」
 クリスが恥ずかしそうに顔を伏せる。
 「…まさに、そんな気分だったものですから」
 「ええ、わたくしも配慮が足りなかった、と思っているのよ。でも、この時期は人の出入りの割に警備が甘くなるので、人目のあるところの方が安全だと思ったの」
 安全、て。
 「…妃殿下。そこの心配性が不安な顔をしていますわ。セシリアには護衛がつけてある、っていうのに」
 …そうだった。呼べばどこへでも現れ、完全に姿を隠せるリンドブルムならば、なまじな人の護衛より、頼りになる、と言われていたのだった。
 「頼りがいのない恋人だわねぇ。あなたの事よりも妹の方が心配だなんて」
 …えーと。
 「恋人」っていうのは、俺の事を指してるんだよな?この文脈だと。
 いつの間にそういう事に…
 …そりゃやっぱりあのときだよな?…たぶん。
 でも……いつから周りにそう認識されるようになったんだ?
 「仕方がありませんわ。セシリアは私よりはるかにか弱いんですもの」
 「…そういえば、そのセシリアの具合は?」
 セシリアの具合?えーと…出がけにかなりきつい事を言われたような気がするが。
 「今朝は…元気そうでした。本人の申告では、熱は下がったそうです」
 「心配性な割に、チェックが甘いのね」
 …う…
 「それは、ご夫君のせいですわ。昼近くまで、半分死んでましたもの」
 「それは、すまない事をしたな。足取りがしっかりしていたので、大丈夫だろう、と思ったのだが」
 背後から話題のご本人の登場だ。…まあ、後ろにいるのは解っていたのだが。
 …というか、この位置関係なら、クリスには見えてたはずだが?
 「ごきげんよう、陛下」
 クリスがにっこり微笑んで礼をとる。
 「何時間ぶりだったかな、クリスティーナ。今日はまた艶やかなドレスだな」
 「妃殿下の見立てですわ。何やら考えてらっしゃる事がおありのようですけど」
 どうやらクリスもドレスのデザインの類似に気付いたようだ。
 「別に、よからぬ事をたくらんでいる訳ではなくてよ?特訓の成果を見せていただこうかと思っただけで」
 …特訓、と言えば。
 「……あれ、の事ですか」

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