Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(114)

 控の間の一つに入って、三人がかりでそこに置かれていたカウチの一つに陛下を寝かせる。同時にクリスがその場にくずおれる。
 「クリス?」
 「大丈夫。緊張が解けただけだから。…しばらく休ませて」
 絨毯が敷かれているとはいえ、床の上は冷えるので、立たせて手近な椅子に座らせる。
 辺りを見回して、オットマンを見つけた。運んできてクリスの足を乗せる。
 「えーと…靴は、脱がせた方がいいのかな?」
 「……それくらい、自分でできる」
 クリスが弱々しく笑う。
 「それより、あっちの方を」
 クリスが指さしたカウチの方では、その間に王妃が国王の服を寛げて、脈をとっている。
 「様子は、どうですか?」
 「意識は、あるようですわ。こちらの言葉に反応がありますもの。呼吸が浅いのは…苦しいから、でしょうね」
 その時、ドアが忙しなく叩かれた。それからしばらく間が開いて、さらに二回。
 「どうぞ」
 王妃が短く答えると、ドアが開く。入ってきたのは、随身のナヴァル伯だ。
 「陛下の様子は?」
 「見ての通り。医師を呼んで。目立たないようにね」
 小さくうなずいたナヴァル伯が、大股で部屋を出て行った。ほどなくして、医師を伴って戻ってきた。どうやら近くで待機していたようだ。
 医師がカウチの傍らに跪き、診察を始める。
 その様子を見守っていると、視界の端で、クリスが身じろぎする気配がした。そちらに目をやると、クリスが体を起こそうとしているのが目に入った。
 「…どうかしたのか?どこか具合が…?」
 「…私は、大丈夫」
 そう言いながらも、こちらへ手を差し出す。
 「ちょっと、立つのを手伝ってもらえる?」
 言われて手を取ると、すっかり冷え切っている。だが…この感覚は、覚えがある。
 「……クリス?」
 「…少なくとも、医師が関わる領域では、問題はない」
 そう言われても、同じような状況で倒れて、危ない状況になった事があるんだし…
 俺の手に掴まって立ちあがったクリスが、よろよろとカウチの方へ向かう。あわてて後ろから支えに行く。
 カウチの頭側に回り込んだクリスが、かがみこんで父親の額に手をあて、何事かつぶやく。その間にも医師が何やら処置を施していたので、どちらが功を奏したのかは判らないが、ほどなくして国王の顔色が回復し、目が開けられるようになった。
 それを見た王妃が、ほっとした様子をみせた。
 「「奥」への移送をお願いいたしますわね。わたくしは広間の方々に説明に行きますので」
 そう言い残し、ナヴァル伯を伴って、王妃は広間の方へ出ていく。
 「王妃はああおっしゃいましたが…動かしても大丈夫でしょうか?」
 医師にそう訊ねたのだが、返答はクリスの方から来た。
 「私が請け合う。心臓を止めるような事態にはしない、と」
 …誰に対してかは判らないが、すごく怒っているようだ。
 「ええと…ああ言っていますが…大丈夫なんでしょうか、本当に」
 医師が途惑ったように自分の患者とクリスの顔を見比べた。国王が小さくうなずくのを見て、医師は溜め息をついてしぶしぶ同意した。
 「…そうですね。患者本人が苦痛を感じていないのならば…移動に負担がかからなければ、移動はできるでしょう。体を十分に伸ばすことができる場所に移れるのならば、こんな窮屈な場所に寝かされているよりはいいかもしれませんね。…あくまでも、移動に負担がかからなければ、という条件付きですが」
 「ですから、それは私が請け合いますわ。…ええ、羽毛布団にくるんだかのように、ていねいに。ガラス細工を運ぶ時のように、慎重に」
 それはそれは最上級の微笑みを浮かべて言うが…言葉遣いと相まって、とても恐ろしいものを感じる。
 「クリスティーナ…」
 不穏なものを感じ取ったのか、カウチに横たわった人も顔をひきつらせて上の方を見る。
 「それで、どこへお運びすればよろしいんですの?陛下」

#日記広場:自作小説




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