「契約の龍」(114)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/09/20 16:59:11
控の間の一つに入って、三人がかりでそこに置かれていたカウチの一つに陛下を寝かせる。同時にクリスがその場にくずおれる。
「クリス?」
「大丈夫。緊張が解けただけだから。…しばらく休ませて」
絨毯が敷かれているとはいえ、床の上は冷えるので、立たせて手近な椅子に座らせる。
辺りを見回して、オットマンを見つけた。運んできてクリスの足を乗せる。
「えーと…靴は、脱がせた方がいいのかな?」
「……それくらい、自分でできる」
クリスが弱々しく笑う。
「それより、あっちの方を」
クリスが指さしたカウチの方では、その間に王妃が国王の服を寛げて、脈をとっている。
「様子は、どうですか?」
「意識は、あるようですわ。こちらの言葉に反応がありますもの。呼吸が浅いのは…苦しいから、でしょうね」
その時、ドアが忙しなく叩かれた。それからしばらく間が開いて、さらに二回。
「どうぞ」
王妃が短く答えると、ドアが開く。入ってきたのは、随身のナヴァル伯だ。
「陛下の様子は?」
「見ての通り。医師を呼んで。目立たないようにね」
小さくうなずいたナヴァル伯が、大股で部屋を出て行った。ほどなくして、医師を伴って戻ってきた。どうやら近くで待機していたようだ。
医師がカウチの傍らに跪き、診察を始める。
その様子を見守っていると、視界の端で、クリスが身じろぎする気配がした。そちらに目をやると、クリスが体を起こそうとしているのが目に入った。
「…どうかしたのか?どこか具合が…?」
「…私は、大丈夫」
そう言いながらも、こちらへ手を差し出す。
「ちょっと、立つのを手伝ってもらえる?」
言われて手を取ると、すっかり冷え切っている。だが…この感覚は、覚えがある。
「……クリス?」
「…少なくとも、医師が関わる領域では、問題はない」
そう言われても、同じような状況で倒れて、危ない状況になった事があるんだし…
俺の手に掴まって立ちあがったクリスが、よろよろとカウチの方へ向かう。あわてて後ろから支えに行く。
カウチの頭側に回り込んだクリスが、かがみこんで父親の額に手をあて、何事かつぶやく。その間にも医師が何やら処置を施していたので、どちらが功を奏したのかは判らないが、ほどなくして国王の顔色が回復し、目が開けられるようになった。
それを見た王妃が、ほっとした様子をみせた。
「「奥」への移送をお願いいたしますわね。わたくしは広間の方々に説明に行きますので」
そう言い残し、ナヴァル伯を伴って、王妃は広間の方へ出ていく。
「王妃はああおっしゃいましたが…動かしても大丈夫でしょうか?」
医師にそう訊ねたのだが、返答はクリスの方から来た。
「私が請け合う。心臓を止めるような事態にはしない、と」
…誰に対してかは判らないが、すごく怒っているようだ。
「ええと…ああ言っていますが…大丈夫なんでしょうか、本当に」
医師が途惑ったように自分の患者とクリスの顔を見比べた。国王が小さくうなずくのを見て、医師は溜め息をついてしぶしぶ同意した。
「…そうですね。患者本人が苦痛を感じていないのならば…移動に負担がかからなければ、移動はできるでしょう。体を十分に伸ばすことができる場所に移れるのならば、こんな窮屈な場所に寝かされているよりはいいかもしれませんね。…あくまでも、移動に負担がかからなければ、という条件付きですが」
「ですから、それは私が請け合いますわ。…ええ、羽毛布団にくるんだかのように、ていねいに。ガラス細工を運ぶ時のように、慎重に」
それはそれは最上級の微笑みを浮かべて言うが…言葉遣いと相まって、とても恐ろしいものを感じる。
「クリスティーナ…」
不穏なものを感じ取ったのか、カウチに横たわった人も顔をひきつらせて上の方を見る。
「それで、どこへお運びすればよろしいんですの?陛下」